子供にアシュタンガヨガを教えることについて

早いもので、私の娘、今春から小学生になります。

娘は夫と「小学生になったら、アシュタンガヨガを始めようね」って約束をしています。
そういうこともあって、最近子供がヨガを始めることについてよく考えるようになりました。
ヨガは「心身の健康と安定性、強さ、柔軟性などを養い、どのようなことが起きても冷静に客観的に対処できる」ようになるための練習です。

人生は車の運転と同じです。

運転者の心身が健康で、安全運転を心がけていれば、そうそう事故に遭うものではありません。

もちろん、理不尽な貰い事故のようなものもあるでしょうが、多くは脇見していたとか、イライラして荒い運転をしていたとか、ぼーっとしていたとか、居眠りしちゃったとか、最近よくニュースで見かける、持病があり運転中に気を失って大事故を起こす、とか・・・。
身体が健康でなく、心が安定しておらず、冷静ではない状態であることが原因の多くを占めています。

また、車の窓ガラスは心と同じで、いつも綺麗にしていなければ、どんどん汚れて、曇って、道や周囲の様子が全然見えません。見えなければ、不安で不安でまっすぐ進むことはできないし、見えないまま無謀に進めば壁に衝突したり、人を巻き込んで命に関わる大事故を起こします。
怖いですね。

でもこれって人生でも全く同じことが言えますね。
自分の生まれ育った環境や出会った人との関係性などによって形成された、他人と全く異なる心の癖や色眼鏡で、人と交流する訳なので、衝突しないわけがありません。

それに加えて、心身が健康でないと不安だし、冷静な判断や客観的な思考、集中力がないとなると、どう考えても上手に人生を歩いていける気がしません。

ヨガと出会って人生が変わった

私もヨガをまだ知らなかった20代後半までは、まさに汚れた窓ガラス(無知・迷妄)で無謀な運転(人生)を繰り返していましたよ。ですから、大事故をたくさん起こしましたし、人をたくさん傷つけてしまいました。なかなか自立できず、もうどのように生きていけばいいのか全くわかっていませんでした。

ですが、ヨガと出会い、車の窓ガラス(心)を自分で磨くことを覚えました。道が見え、周囲の状況が見え、安全運転の仕方がわかるようになりました。

心から、ヨガと出会えてよかったと思います。

理解できなくても大丈夫

経験が未熟な子供にそのようなことを言葉で伝えてもピンとこないでしょうし、難しいかもしれません。だけど、何も考えずにアーサナの実践をするだけで最初はいいのです。

子供の場合、まだ窓ガラスがほとんど汚れていないので、ちょっと拭けばピカピカになるのは早いですし、純粋であればあるほど、判断力や思考力が養われるスピードは早く、そこから先も自然と正しい道を選択するようになるので、親としても安心して見守っていられるはずです。

ヨガは「生き方そのもの」であり、「より良く生きる技術」でもあります。

呼吸とアーサナで、強くしなやかで健康な心身を育て、連続した動きを続けることで集中力を高めます。
そして自分のうちにある「神聖さ」を信じ、感謝する心を養います。

今はまだ意味がわからなくても良いから、是非子供たちに早いうちからヨガをしてもらいたい、と思います。

そんな娘がアシュタンガヨガを始めて半年、YouTubeチャンネル開設しました。お子さんのいる方、良かったら覗いてみてくださいね!

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第4章「調和のとれた生活」

ヨギー、特にアシュタンギーには是非いつか読んでもらいたい聖典「バガヴァッド・ギーター」とは、どんな物語なのか、一体どんなことをどんなふうに多くの人々に伝えようとしているのか、ということを、とってもわかりやすく解説してくれている上村勝彦さんの著書「バガヴァッド・ギーターの世界」を使って、紹介しています。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 序章
「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第1章
「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第2章「不滅の存在」
「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第3章「平等の境地」
をまだ読んでいない方は、そちらからご覧ください。

 

さて、前章の最後にお伝えした「ヨーガのもとに行為を行う」とは、具体的にどうすれば良いのでしょうか。

仕事や家庭を大切にし、社会的な義務を果たしながら、ヨーガの実践(アーサナ、呼吸、瞑想など)を日常的に行い、常に学びを深めようと努める(常修)ほか、自分に与えられた役割(行為)を、その結果に執着せずに行うということ。

そして、その行為は”絶対者に捧げるもの”でなければならないとされています。つまり、自分にとっての利益のためではなく、神に捧げものをする様な気持ちで行為を行いなさい、ということです。この辺りはちょっと難しい内容なので、詳しく知りたい方は、上村さん著の「バガヴァッド・ギーターの世界」で、ご確認いただければと思います。

そして、バガヴァッド・ギーターでは、具体的な生活の仕方についても言及しています。

それはズバリ『調和のとれた生活』をすることから始まります。

食べ過ぎる者にも、全く食べない者にも、睡眠を取り過ぎる者にも、不眠の者にも、ヨーガは不可能である。
節度を持って食べ、散策し、行為において節度を持って行動し、節度を持って睡眠し、目覚めている者に、苦を滅するヨーガが可能である。

ギーターで書かれていることは、意外と常識的です。

ゴータマ・ブッダは苦行は意味がないと悟って、断食や睡眠をとらない、などの苦行の一切をやめ、瞑想を行い解脱しました。

また、インドの伝統的な医学アーユルヴェーダでは、食べ過ぎはよくないが、極端な断食はするべきでないとしています。また、食後に散策することを勧めています。睡眠についても同様で、寝すぎも不眠もよくない、としています。

当然ですが、なんでも極端なことをすると、健康を害し体が衰弱するので、体力も気力も失います。

そんな状態でヨーガができるはずありませんから、節度を持って、調和のとれた生活をして、心身を健康に保つことが、「苦を滅するヨーガ」を実現する必須条件とされているのです。

この様にして、ヨーガという絶対の境地を目指す求道者は、そうではない苦行者や知識人や祭式を行うものよりも、優れているとされます。

ヨーガのもとに行為を行うことはつまり、心身を健康に保ち、調和のとれた平和な暮らしを送れる様に努めることとも言えますね。

病気もせず、対人トラブルもなく、精神も安定して、何かに縛られることなく自由な生き方ができる。これ以上幸せなことはありませんね。

次回は、ギーターの中でクリシュナが説く、「正しい生き方」について触れてみたいと思います。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第3章「平等の境地」

ヨギー、特にアシュタンギーには是非いつか読んでもらいたい聖典「バガヴァッド・ギーター」とは、どんな物語なのか、一体どんなことをどんなふうに多くの人々に伝えようとしているのか、ということを、とってもわかりやすく解説してくれている上村勝彦さんの著書「バガヴァッド・ギーターの世界」を使って、紹介しています。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 序章
「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第1章
「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第2章「不滅の存在」
をまだ読んでいない方は、そちらからご覧ください。

 

そもそもインドでは、良い行為を行えば良い結果を生み、悪い行為を行えば悪い結果を生む、と考えられてきました。これを「カルマ」(漢訳仏典では「業(ごう)」)といいます。

初期仏教など、修行に励むために一般の社会を捨てることを勧めている宗教もあったようですが、ヒンドゥー教や「ギーター」においては、社会的な義務を果たすこと、全うすることを重要視しています。

しかしながら、社会的義務を果たすことによって、罪悪を犯すことになってしまう人も、中にはいます。

アルジュナのような戦士、軍人などは、戦いの相手を殺すことになるからです。

さて、自分は一体どうすれば良いのかを問う戦士アルジュナに、クリシュナはこう答えます。

苦楽、得失、勝敗を平等(同一)のものと見て、戦いに専心せよ。そうすれば罪悪を得ることはない。

この世の全てを、平等のものと見れば、行為の結果に縛られず、苦しむことがないというのです。

ギーターの中で非常に有名な句があります。

あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機にしてはいけない。また、無為に執着してはならない。

無為に執着する、とは、例えば修行のために社会生活を捨てる、などの行為を指しています。ヒンドゥー教の考え方として、人は「学生期(勉学に励む)」「家長期(家庭を持つ)」「林住期(森に隠遁)」「遊行期(聖地巡礼)」という「四住期」を経ることが理想的な生涯とされるからです。

さて、「成功すれば果報がある」「失敗すれば悪い結果を招く」とあれこれ考えすぎて仕事に失敗してしまうことは、私たちの日常においてよくあることです。

後先のことを何も考えずその行為そのものに集中していれば、とても良い結果を得られるということも。

しかし、たとえそれを頭で理解していても、実際に結果を考えずに行為に専念するというのは、なかなか難しいというのも事実です。

では、どうすれば良いか?

クリシュナは、アルジュナに「ヨーガに拠り所を求めるべき」と説きます。

これまで、ヨガや瞑想を実践してこられた方は、このことがとてもよくわかると思います。

例えば、このポーズができた!と喜ぶ。このポーズができない・・・と落ち込む。このポーズがきつい!嫌だ。このポーズは楽だから好き。先生が見ているから気合が入る。誰も見ていないから楽をしよう。

と、いう風に、自分の行為や起こる現象に対して一喜一憂したり心を揺らすのではなく、どんな状況であっても常に一定の安定した心を保つ練習、それがヨガの実践ですよね。

つまり、私たちは、このヨガの実践において、平等の境地を目指しているわけですが、それは一体何のためか。

それは、不安定な心身に振り回されて苦しまないためです。

些細なことから大きな出来事に到るまで、何が起きても平静に、対処し、解決していく力を育てているのです。

執着を捨て、成功と不成功を平等(同一)のものと見て、ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ。ヨーガは、平等の境地であると言われる。


「知性(ブッディ)の確立」=ヨーガの完成

クリシュナは、平等の境地に至る人は「知性(ブッディ)」が確立した人であり、心の最も真相の部分の働きにおいてもなお動じることはなく、結果に束縛されないと言います。

アルジュナは、それは具体的にどんな人なのか?クリシュナに問います。どのように語り、坐し、歩むのか、特徴を知りたい。と。

不幸において悩まず、幸福を切望することなく、愛執、恐怖、怒りを離れた人は、叡智が確立した聖者と言われる。

すべてのものに愛着なく、種々の善悪のものを得て、喜びも憎みもしない人、その人の智慧は確立している。

亀が頭や手足を全て収めるように感官の対象から感官を全て収める時、その人の智慧は確立している。

(人が感官の対象を思う時、それらに対する執着が生まれる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生じる。怒りから、迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生じる。記憶の混乱から知性の喪失が生じ、知性の喪失から人は破滅する。)

人は誰でも、ヨーガのもとに、行動・行為することで、平等の境地に至り、知性を輝かせることができるのだと、だから、何も考えずにやりなさい、ということなのです。

では、一体どのようにして、ヨーガのもとに行動・行為に専心すれば良いのか、その具体的な方法について、次回は書きたいと思います。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第2章「不滅の存在」

みなさんこんにちは!

ヨギー、特にアシュタンギーには是非いつか読んでもらいたい聖典「バガヴァッド・ギーター」とは、どんな物語なのか、一体どんなことをどんなふうに多くの人々に伝えようとしているのか、ということを、とってもわかりやすく解説してくれている上村勝彦さんの著書「バガヴァッド・ギーターの世界」を使って、紹介しています。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 序章「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第1章をまだ読んでいない方は、そちらからご覧ください。

 

さて、ここからはいよいよ賢者クリシュナがアルジュナに教え説く内容をみていきます。

「敵側にいる自分の親類や友人たちを殺してまで自分は生き延びたいとは思わない」と言ったアルジュナにクリシュナはこう答えます。

「賢者とは、死者についても生者についても嘆かないものだ」

それはなぜか?

「我々は、存在しなかったこともなく、存在しなくなることもない」

実は私たちは、永遠不滅の「主体」、生まれたり死んだりしない存在であって、ある一定期間、ある身体に入り込んで、ある時期をすぎると、その身体を捨ててまた別の身体に入るということを永遠に繰り返しているものである、というのです。

「個人の主体となるものは、その身体において少年期、青年期、老年期を経て、また別の身体を得る」

ここでの主体というのは、いわゆる霊魂みたいなもののことです。

その霊魂が、ある肉体に入り込んで(生命誕生)、少年期、青年期、老年期を経て、やがてその肉体が死に至る時、主体である霊魂は、その肉体を脱いで別の肉体へと入り、また同じように、「人生」を歩む。

それを繰り返すことを「輪廻」と言います。

この「輪廻」という思想は仏教にも取り入れられているので、日本人であれば馴染みのある話かなと思います。

「しかしながら物質との接触は寒暑、苦楽をもたらし、来たりては去り無常であるので、それに耐えよ」

そして、肉体を持つ限り、物質との接触は避けられず、寒暑や苦楽を体験することになるし、生まれれば必ず死ぬわけなので、私たち生きとし生けるものは全てそれに耐えるしかない。ということなのです。

クリシュナは、肉体は滅んでも個人の主体は常に存在し不滅であるから、この戦いにおいて彼(相手)が死んでも、彼の主体は存在し続ける、だから嘆く必要はない、と言っています。

生き物は、輪廻の道理によって生死を繰り返しているのであって、どのような死に方をするかも輪廻の道理によるわけで、そのような不可避のことに嘆く必要はない。

だから、たとえアルジュナが相手を攻撃することで、相手が死に至るとしてもそれはそういう輪廻の道理によるものだと。

でもアルジュナとしては、人を殺すことは悪いことであって、悪いことをすれば、その罪は消えない、と恐れます。

それでは、ギーターは人殺しも戦争も良しとしているのではないか?という疑問も湧いてきますね。

でも、決して人殺しや戦争をここで勧めているのではありません。

ギーターでは一般的な道徳を守るべきだということも説いていますので、これはあくまでこの状況においての表現であることを誤解なきように。

日常的なレベルで「生」も「死」も同じだと言っているのではなく、ある非常に高い境地に達したときにそれらは同じものになり全てが平等になるということなのです。

しかも「戦うことが義務」である、アルジュナのような戦士が、戦地で、自分の恐れや悲しみという感情に振り回され、自分の義務を放棄することは、かえって罪悪を生むだけでなく、不名誉なことだと人々に語り継がれ、結局は苦しみが大きくなる、だから戦うべきだとクリシュナは言います。

さあ、追い込まれたアルジュナ、一体どうすればよいのでしょうか?

その答えは、次回またお話しいたします。

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「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 第1章

さて、「バガヴァッド・ギーター」が、インド人にとってどんなものか、そして日本人にとっても実は馴染みやすそうなものだということはおわかりいただけたのではないでしょうか?

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 序章はこちらからお読みください。

バガヴァッド・ギーターは、世界最大の叙事詩「マハーバーラタ」の一編で、舞台は親族間で起こった大戦争でしたね。

「マハーバーラタ」は、全体的に「時間」「死神」「運命」などを表す言葉「カーラ」に支配される人間の虚しさを軸として、おびただしい数の物語や神話、伝説が盛り込まれています。

そしてその中の一編「バガヴァッド・ギーター」には、

この世に生まれたからには、たとえどのような行為であっても、自分に定められた行為に専心すること

でそのような苦悩を超越できるのだ、というような哲学的宗教的なことが書かれています。

ギーターは約二千年間にわたり、インドの知識人に計り知れない影響を与えました。

そしてフランス語や英語、ドイツ語などで書かれた翻訳、研究書、紹介書などもおびただしい数になり、インド国外でも高く評価され、多くの芸術家や文学者からも愛されてきました。

ギーターは、ヨーロッパなどではそれほど影響力のあるものなのですが、残念ながら日本ではインドの文化や宗教に関心がある人にしか知られていないのが現状です。

ということで、「バガヴァッド・ギーター」とは、どんな物語なのか、一体どんなことをどんなふうに多くの人々に伝えようとしているのか、ということを、とってもわかりやすく解説してくれている上村勝彦さんの著書「バガヴァッド・ギーターの世界」を使って、紹介しています。

 

今回は、バガヴァッド・ギーターの大まかな内容や物語の流れについて、見ていきます。

バラタという王がいて、そこから子孫ができるんですが、次第に王位継承問題や権力争いが起きて、親族間で領土をめぐり戦争になるところからバガヴァッド・ギーターの物語は始まります。

いよいよ合戦が始まり、争っている二つの軍の一方「パーンダヴァ」に属するアルジュナという戦士が、戦うべき敵軍を見渡したとき、そこに自分の親類や友人や自分の師と仰ぐ人たちが大勢立っているのを見て、嘆き悲しみ心乱され、弓矢を捨てて戦車の座席に座り込みます。

そこで御者を務めていた親友でもある賢者クリシュナ(実は最高神の化身という設定)は、心の弱さを捨てて戦えと励ましますが、敵側にいる自分の親類や友人たちを殺してまで自分は生き延びたいとは思わない、戦えない、と告げながらも、どうか迷っている自分に教え導いて欲しいとクリシュナにお願いします。

そこから、クリシュナがアルジュナに、様々なことを教え説いていくのですが、それがまさに『ヨギー』としての生き方やそういう生き方をするとどうなるのか・・・、というような、私たちアシュタンギーが追求していくべきことなのです。

だから、アシュタンガヨガを学ぶ人は、このバガヴァッド・ギーターを読むことを勧められるわけなんですね。

ちなみにこの中には、日本の文化や社会で現代に生きる私たちにはちょっとピンとこない内容もありますし、半分は瞑想の実践を行う上級者向けの内容でもあるので、そこは省いて、アシュタンガヨガの初級者にとって、特に知っておくと良いと思える内容のものをピックアップして、ご紹介したいと思います。

  • 不滅の存在(p37~)
  • 平等の境地(p49〜、p121~)
  • 調和のとれた生活(p121~)
  • 瞑想の実践(p109〜)
  • 正しい生き方(p207〜)
  • 三つの構成要素(グナ)(p246~)

こういったことを、賢者クリシュナはアルジュナに教え説いていきます。

その結果、最終的にアルジュナの迷いは消え、激戦ののちアルジュナ側の軍の勝利に終わりました。
ということです。

さあ、いよいよ次回からは、クリシュナが説いた内容についてその項目ごとに、紹介します。

「バガヴァッド・ギーター」〜ヨギーが読むべき聖典〜 序章

アシュタンガヨガのプラクティショナー(実践者)が、ヨガ哲学を学ぶとしたら、まず最初に読む(学ぶ)べきものは「バガヴァッド・ギーター」であると、現在のアシュタンガヨガの総本山マイソールの師であるシャラート先生はおっしゃっています。

そしてそれは、一度読んだだけで「知識を得た!理解した!」と言うようなものではなく、何年もかけて、何度も読み、自分の成長の段階とともにその言葉の持つ意味が「変化」していく「人生のバイブル」のようなものだと。

アシュタンガヨガを一生懸命実践している皆さんが、今後、興味を持って学ぼうとした時に、あまりにその内容が難解で投げ出してしまい、たくさんの恩恵を受けるせっかくのチャンスを逃してしまわないように、オススメの本を使って、この「バガヴァッド・ギーター」を紹介したいと思います。

今回参考にした本は、*上村勝彦さんがサンスクリット原典を訳した「バガヴァッド・ギーター」、そしてそれをさらにわかりやすく解説した「バガヴァッド・ギーターの世界」です。

この方の文章は、とにかく語り口が優しくて、解説もわかりやすいので、小難しい文章が苦手な方にも大変おすすめです。

*東京都浅草寺支院に生まれる。サンスクリット文学、インド哲学・思想を研究し、もっとも難解な言語と評されるインド古典語サンスクリット語(梵語)による文学作品を非常に分かり易く、親しみやすい日本語で考察した著作は、高い評価を受けている。(Wikipediaより)

さて、インドの人口の80%を占める宗教は「ヒンドゥー教」です。みなさんはヒンドゥー教のことをどれくらい知ってますか?

ヒンドゥー教は「ヴェーダ」という古い聖典を奉ずるバラモン教が元となってできた宗教です。

インド料理屋さんに行けばお店のインテリアとして飾ってある「シヴァ神」とか「ガネーシャ神」などが有名ですね。正直私はせいぜいそのくらいしか思い浮かばなかったんですが、ヒンドゥー教やインドで信仰されている神様は他にも色々あります。

そして実は、日本人が昔から信仰したり崇めたりしてきた神様は、こういったヒンズー教の神様が元ネタになっているものが多いんです。

  • アスラー(バラモン教でいう悪魔)→ 阿修羅(悪魔)
  • デーヴァ(最大の神)→ 帝釈天(神々の王)
  • ヤマ(地獄の死神)→ 閻魔(地獄の王)
  • サラスヴァティ(水の女神、芸術の神)→ 弁財天(七福神の一人)
  • マリーチ(インド密教の女神)→ 摩利支天(陽光の神)
  • ハーリティ(地母神)→ 鬼子母神(毘沙門天の部下の妻)

そのほか影響を受けている神として

  • 毘沙門天(七福神の一人)→ 梵天(ブラフマー)の孫
  • 那羅延金剛(金剛力士の一人)→ ヴィシュヌ神がモチーフ
  • 大黒天(七福神の一人)、千手観音、十一面観音 → シヴァ神がモチーフ

このように、私たち日本人は、実はヒンドゥ教の神々に囲まれて、そうとは知らずに拝んでいる人がほとんどだという事実が「バガヴァッド・ギーターの世界」に書かれています。

さて、そのヒンドゥ教は、世界に広がる5大宗教の一つです。

その5大宗教とは、「ヒンドゥ教」の他に「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」「仏教」ですが、ヒンドゥ教はこの中で一番古い歴史を持つ宗教でもあります。

この年表を見てわかるとおり、ヒンドゥ教の元となるバラモン教が生まれたのが今から遡ること5000年の紀元前3000年なんです。

大まかにいうと、その1000年後にユダヤ教、その1600年後に仏教、その600年後にキリスト教、その500年後にイスラム教が始まったということです。

ヒンドゥ教やインドに根付く「ある思想」は、仏教の教え(*仏陀のオリジナルの言葉)を通じて日本に入り日本の宗教や文化に多大な影響を与えました。

*仏陀のオリジナルの言葉・・・仏教の中で様々な宗教が生まれ、各宗教団体に都合の良いように修正されて内容が変わってしまったものも多く(小乗仏教など)。「原始仏教」「大乗仏教」はブッダのオリジナルの教えに近いと言われている。

その「ある思想」というのは、次のような思想です。

『絶対者(最高神)と思われるものは、姿形なく、目に見えず、すべてのものに遍満し、私たち個々人のうちにもその性質がある。』

じゃあ、先ほど登場したヒンドゥ教の神様たちはなに?!って話なんですけど、これはヒンドゥ教に限らず、こういった神話は自然現象や歴史上の出来事を始め、普通の人には理解できないような事などを、伝承していく過程で生まれたものなんですが、もちろんそれを信じている人はいるわけで、それがいわゆる信仰心というものな訳です。

こういった思想について書かれているのが、インドで最もポピュラーな「バガヴァッド・ギーター」です。

ヒンドゥ教の聖典にもたくさんいろんな種類のものがありますが、「二大叙事詩」と呼ばれる、言うなれば超大作の「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」がとても有名で、そのうちの「マハーバーラタ」、これは全部で18巻あり世界最大級の叙事詩です。

「マハーバーラタ」は、バラタ族という一族の間の大戦争を中心とした話で、その中の第6巻におさめられたある一編が「バガヴァッド・ギーター(神の詩)」です。

先ほど、インド人の間で最もポピュラーだと言いましたが、ユダヤ教やキリスト教には聖書が、イスラム教にはコーラン、仏教には法華経や般若心経があるように、ヒンドゥ教ではバガヴァッド・ギーターを人生のバイブルとしている、ということなのです。

「バガヴァッド・ギーター」が、インド人にとってどんなものか、そして日本人にとっても実は馴染みやすそうなものだということはおわかりいただけたのではないでしょうか。次回は、バガヴァッド・ギーターの大まかな内容や物語の流れについて、見ていきます。

参考文献

 

アシュタンガヨガアーサナパーカー販売中


実はこのパーカー、sumsuunのYouTubeチャンネルで使用しているイラストを使用したオリジナルパーカーなんです。
結構前から販売しているのですが、最近自分でも欲しいなぁと思って購入してみました。生地もラインも着心地がなかなか良いですよ。

夫とも兼用できるゆったりMサイズです。


プライマリーシリーズの全ポーズが順番通りに描かれているので、これを練習の時に着て行って、マットのそばに置いておけば、順番がわからなくなってもカンニングできますよ(゚∀゚)
購入した方にsumsuunの宣伝をして欲しいという理由で作ったのではなく、純粋にアシュタンガ大好きなヨギーが、心置きなくいつでもどこでも着られるように、sumsuunのネームは入れていません。
このパーカーの購入は、以下からできます。
https://suzuri.jp/mrklab/1696341/hoodie/s/white
色は18種類から選べ、サイズはS、M、L、XL、XXL、キッズサイズもあります。(在庫のある限り)
他にも色々なオリジナルグッズを取り扱っていますので、是非オンラインショップを覗いてみてください。

sumsuunオンラインショップ(https://suzuri.jp/mrklab))

伝統的なアシュタンガヨガとParampara(パランパラ)について

伝統的なアシュタンガヨガは、”パランパラ”の概念に基づいています。これは、教師から生徒へと直接継承されてきた経験的な知識を意味する用語です。

私たちの教師は、アシュタンガヨガの総本山である南インドマイソールシティのSri K. Pattabhi JoisR.SharathJoisR.Saraswathiによって教えられたアシュタンガヨガの指導に専念しています。

Parampara」は文字通り途切れることのない継承を意味し、教師から生徒への直接かつ途切れることのない知識の伝達を意味します。

伝統的なアシュタンガヨガは、パランパラとその確立された指導への取り組みに基づいています。

Shri K. Pattabhi Joisは、この方法を採用し、インドのマイソールから世界中に広めました。グルジの教えは現在、彼の家族、R. Sharath JoisR. SaraswathiManju JoisSharmila Mahesh R.シャラスジョイス、R.サラスワティ、マンジュジョイス、シャルミラマヘシュ)によって引き継がれています。

アシュタンガヨガの系統に身を委ねることは、何千年もの間流れてきた教えの川、過去と現在の師たちが継いできた知識と知恵の海へと続く川に入るということです。

ウディヤナバンダとムーラバンダ

みなさん、こんにちは!
今回は、「ウディヤナバンダ」と「ムーラバンダ」についてのお話です。
聞いたことがない方のために、以下に書いておきますね。


バンダ」・・・締め付ける、引き上げる、引き込む etc
ウディヤナバンダ」・・・下腹部(みぞおち〜ヘソ下、丹田)を背骨の方に引き込む、または引き上げる
ムーラバンダ」・・・骨盤底(会陰部と肛門の間の括約筋)を引き締める、収縮させる


アシュタンガヨガでは、アーサナ中にこれらのバンダと呼ばれるテクニックと、独自の力強い呼吸法を合わせて使うことにより、より大きなエネルギーを作り出しそれをキープし続けることで、浄化の効果を高めることができます。
ただの運動なら、やればやるほど疲れていきますが、このテクニックを使うアシュタンガヨガは、エネルギーが保持できるので最後まで疲れずに続けられるのです。
ただし、このテクニック、ある程度アーサナが進んだ方でないとうまく使えないかもしれません。
事実、私も「バンダ」を意識し始めたのは、練習を始めてしばらく経ってからです。
ですので、アシュタンガヨガを始めたばかりの方にとっては、まだそれどころではないかもしれませんが、頭に入れておくといつか役に立つと思います。


バンダをうまく使えていると、身体が軽く持ち上がるし、疲れにくい!

 

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↑ バンダを使っていなければできない動き
不思議ですよね。
ところが、このバンダを使うにはかなり集中力がいるし、呼吸が整っていなければいけません。
ドラゴンボールの悟空たちが、技を繰り出す前に気(エネルギー)を溜めますよね。その時とっても集中しています。呼吸も乱れていません。
鬼滅の刃でも竃門炭治郎が、全集中の呼吸で強い力を作り出して鬼と戦いますよね。
バンダも同じです。

ジャンプバックする時、その前のアーサナの5呼吸でエネルギーを溜めます。
そして次の呼吸に合わせ、エネルギーを保持しながらジャンプバック&ジャンプスルーするのです。うまくいった時は、身体が軽くなってフワッとゆっくり動くことができます。

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でもプラクティス中、これをずっと維持できる人はかなりの上級者です。
ほとんどの人が一回の練習で、やっと数回うまくいくかなぁ・・という程度。


うまくいかない時の原因
・呼吸が乱れていて動きを合わせるタイミングがずれる
・呼吸が乱れていて、エネルギーが作られていない
・ウディヤナバンダが緩みエネルギーが作られていない
・ムーラバンダが緩んでエネルギーが漏れている


ウディヤナバンダとムーラバンダを使うときは、風船を膨らませるイメージ
風船を膨らませる時、最初は思いっきり強く息を吹き込みますが、一度膨らみ始めたら、続けて一定の強さで息を吹き込めば、効率よくスムーズに膨らんでいきますね。
次に、一度入れた空気が漏れないように、風船の吹き込み口を指で塞ぎます。
当然ですが、指が緩めば空気が漏れます。
膨らんだ風船は、軽くなってフワフワ浮きます。

バンダと呼吸をうまく使えた時の身体もこれに似ています。
ウジャーイ呼吸は、一定の長さ、強さ、を意識しながら行えば、身体の動きが安定しますし、風船の吹き込み口を、ウディヤナ(下腹部)とムーラ(骨盤底)、吹き込まれた空気をエネルギーに置き換えるとなんとなくそのイメージが掴めると思います。


一定の呼吸で効率よく体内に作られたエネルギーを、バンダを使って逃げないようにする。
これが、呼吸とバンダのテクニックです。
何度も言いますが、これを実践するには、呼吸の安定高い集中力が必要です。
ですが、練習を繰り返し継続することによってのみ、鍛えることができます。鍛えようと思わなくても自然と鍛えられるものです。
とても時間がかかるものなので、根気が必要ですが、今ある自分の課題に楽しく取り組みながら、少しずつ進化していきましょう!

シャラス・ジョイス氏著「Ageless 」を紹介

インドマイソールに滞在中、インドのAmazonでシャラート先生の著書(2018年)である「Ageless: A Yogi’s Secrets to a Long and Healthy Life」を購入しました。

この本は英語で書かれたものしかないのですが、時間もたっぷりあるし、英語のお勉強もかねて読もうと思い購入しました。

見たことも聞いたこともないような専門用語が多く、辞書を片手に、1ヶ月かけて少しずつ読み進めました。

【主な内容】

・シャラート先生の病気がちだった幼少時代とその病気を治したアシュタンガヨガについて
・ヨガをすると長生きできる秘密
・ヨギの食生活について(アーユルヴェーダの考え方、小食の勧め、肉を食べない理由、など)
・ヨギにオススメの料理レシピ
・ヨギのデイリールーティン
・簡単なアーサナ紹介
・瞑想と呼吸法について
・世界の中の長寿地域とその秘密

厳格なヨギの生活や食やアーサナについての話だけではなく、寿命を短くしている原因やそれを軽減する為に必要なこと、健康な状態で長生きする方法、より良い生き方全般について、総合的にヨガを学べる内容になっています。

ヨガをしたことがない人にはもちろん、常にヨガの学びを進めている人にも、とてもヨガを深められる良い本でした!!!
もちろん、文化も習慣も異なる日本で、ヨギではない家族と暮らしていると、これらを完全に真似をすることはなかなか厳しいと思いますが、ポイントを押さえて自分たちに合わせた生活や食事を心がけることはできるので、無理のないようにすこしずつ取り入れてみようと思います。

インド滞在中にシャラート先生からサインをもらったのですが、なんと書いてあるのかわかりません^^;

また、ヨギの毎日の習慣については、これも文化や宗教観などの違いによって、真似できないこともあるかもしれませんが、基本的なことは自分の習慣に取り入れることができる内容なので、興味のある方は是非是非読んでみてください!