片鼻交互呼吸のやり方〜自律神経を整えたいなら鼻の穴を制御せよ!

突然ですが、みなさんは鼻の穴について考えたことがありますか?
顔のパーツの中でも目や口や耳に比べると、「鼻の穴?マイナーだな」とちょっと見下して(笑)いるのではないでしょうか?
だけど実は、この鼻の穴、人生を操っていると言っても過言ではないほど重要な役割を担っていたのです。今回は、その役割について、そして、それを片鼻交互呼吸によってコントロールする術をお伝えします。

病人の増加はアンバランスさが原因

ストレスの多い現代社会で、私たち現代人のほとんどは、幼少期の頃から常に活動することを強いられ、休息をとる時間も多くはありません。

心身の病を抱える人が増大しているのは、その忙しさの中で個人の心身や環境がアンバランスな状態になっていることが原因だろうと強く感じています。

何がアンバランスなのか、具体的な例をあげながら細かく説明していきたいと思います。


「二極」のバランス

私たちは、自然界、私たち自身、心の中、あらゆる場所に2つの相反する性質(二極性、二元性)を見ることができます。
例えば、陽と陰、ポジティブ思考とネガティブ思考、男と女、左脳と右脳、交感神経と副交感神経、肉体と精神、意識と無意識、生と死、、、など、色々ありますね。ヨギーにとって身近な「ハタヨガ」 という言葉も、サンスクリット語で「ha」は太陽、「ta」は月、という意味で、この二元性を表しています。

このようなものの二極間のバランスが悪い、つまりどちらかに極端に偏りすぎていると、調子が悪くなったり、心身における様々な病気を引き起こすのです。


もっとヨガ的な話をしますが、人間の身体にはピンガラーイダーと呼ばれる二つのエネルギーの流れがあります。

ピンガラー
動的、活動的、男性的、ポジティブ、陽のエネルギー、光、熱、太陽、蓄積、創造的、組織化、求心性、理性、識別的、論理的
イダー
受動的、女性的、ネガティブ、陰のエネルギー、暗い、冷たい、月、散乱、バラバラ、遠心性、リラックス、無意識、直感的、感情的

このイダーとピンガラーのバランスは、大抵の場合、どちらかに偏っています。しかし、ヨガのアーサナやプラーナヤーマ(調気法)など、様々な行法によって、そのバランスを取って調和させることができます。

そして最終的にその2つが一緒になって、内なる光、潜在能力、至福、真理を明かす、つまりヨガでいうとサマーディ(三昧)の状態を作り出すことができるのです。

ちょっとこれは上級者向けのマニアックな話なので、意味がわからなくても大丈夫です。

さて、自律神経(交感神経・副交感神経)のバランスが悪いと、不眠になったり消化器官の働きが悪くなったり心身に不調が起こる、というのは聞いたことがあるかもしれません。

しかもそれらの神経と脳、内分泌腺など、肉体のあらゆるものは繋がっているので、右脳と左脳の性質のバランス、ホルモン分泌などにも当然影響を与えます。


右脳と左脳のバランス

【左脳(ピンガラーと繋がっている)】
分析、言語的、一時的、部分的、明示的、議論、知性、論理、思考、活動的、発言、ポジティブ、数学、理性、法、客観性、デジタル
【右脳(イダーと繋がっている)】
理解、空間的、「いたるところ」、全体的、暗示的、経験、直観、感情、感覚、受動的、沈黙、ネガティブ、詩、神秘主義、芸術、主観性、アナログ

例えば、活動的でポジティブな傾向が強いが、落ち着きがない人は、ヨガを続けるうちに冷静さや落ち着きが出てきますし、逆に怠そうでいつもネガティブ、、、という人は、活発さが出てポジティブな思考もできるようになる。

また、「私って感覚派だから論理的思考ができないのよね〜」という人も、それができるようになるし、逆に、論理的思考でしか言葉を発することができない人が、理屈ではなく直観的なことを理解できるようになったりする。


このようにしてヨガを習慣的に続けていけば、自然と様々なバランスが整えられていくわけです。じゃあ具体的に何がどうなって整えられるのか。

さあ、ここでやっと登場するのが「鼻の穴」。これが実はヨガを行う上でとても重要なポイントとなるのです。

イダーとピンガラー、もしくは副交感神経と交感神経の活動は、およそ90分ごとのサイクルで自動的に入れ替わっています。

ですが、不健康な生活をしていたり、日々のストレスなどで、そのサイクルは不定期となり機能が低下し、病気を引き起こす原因となるのです。

“ルーマニアのブカレストの鼻咽喉の専門家であるI.N. ライゲ博士は、鼻中隔の歪みや偏向によって、片鼻のみに障害のある、ほとんど400人近い患者らを調査した。博士は89パーセントの患者らが左の鼻の孔を通じてのみ呼吸をし、慢性副鼻腔炎、中、内耳の感染症、嗅覚、聴覚、味覚の部分的、あるいは完全な損失、再発性の咽頭炎、喉頭炎、扁桃炎、慢性気管支炎といった特定の種類の呼吸の病の傾向があるのを見つけた。
また、左の鼻の孔(イダー)でばかり呼吸をする患者は、記憶喪失症、知的衰弱、頭痛、甲状腺機能亢進症、心不全、肝臓の機能の低下、胃炎、大腸炎、消化性潰瘍、便秘、またリビドー減退や卵巣の不規則などの性機能の諸問題といった、鼻からより遠い場所にある場所の幅広い不調和に罹る事が多く、逆に右の鼻の孔(ピンガラー)でばかり呼吸をしている患者らは、高血圧症に罹りやすいという。”

この研究結果からも明らかなように、実は左右のどちらで、そしてどんなバランスで呼吸をするのか、によって、心身の健康状態や思考が変わるというわけです。
いやぁ、ビックリですよね!

だから、ヨガは呼吸が一番大事、とか時間がなければ座って呼吸を整えるだけでもいいよ、とか言われるのですね。
さまざまな呼吸法がありますが、とりあえず私たちが行うのに最適な呼吸法は、片鼻交互呼吸(ナディショーダナーもしくはアヌローマヴィローマ)です。


片鼻交互呼吸のやり方

やり方を載せておきますので、是非やってみてくださいね!

<初心者向けの片鼻交互呼吸(ナディショーダナー)>

軽くあぐらを組んで座り(安樂座)、背筋をまっすぐにする。

右手の親指で右の鼻の孔(ピンガラー)を押さえて、息を左の鼻の孔(イダー)を通じて吸う。吸い切ったらそのまま可能な限り長く息を保ち、その後ゆっくりと力づくにはせずに(親指を離して)右の鼻の孔から息を吐きだす。

今度は〈薬指と小指で左の鼻の孔を押さえて〉右の鼻の孔から息を吸って、自らの力が許す限り息を止めてから、左の鼻より息を吐きだす。力づくではなく、ゆっくりと優しく行う。

この往復を1セットとし、最初は数回から始め、最終的に12回行う。

できれば、早朝の夜明け、昼、日の入りの時、そして夜中、など、1日に4回行う。

(シヴァ・サンヒターより)

<上級者向けの片鼻交互呼吸(アヌローマヴィローマ)>

上記を、手を使わずに意識だけで行う。

意識的に左の鼻の孔から吸って、右の鼻から息を出す。右の鼻の孔から吸って、左の鼻から吐く。これを1回として、4回行ったら、5回目では両方の鼻の孔で同時に息を出し入れし、息の通路が逆Vの字を形成すると想像する。

そして回数を100から0に向けて数える。

(100――左の鼻の孔から入息し、右の鼻の孔から出息する。右の鼻の孔から入息し、左の鼻の孔から出息する。 99――繰り返す。 98――繰り返す。 97――繰り返す。 96――両方の鼻の孔から同時に入息し、同時に出息する。という風に続けていく。)

※正確に数えるのは絶対的に必要であり、間違いが起きたら、100からまた実践をやり直さねばならない。呼吸を数えるのを維持するのは非常に重要であり、それ無しにはアヌローマヴィローマは多くの初心者には強力すぎる行法であり、彼らの意識を無意識へと引きずり込む。この行法の目的はアージュニャー チャクラを無意識、サイキックのレベルで刺激する事にあり、そのため意識の気づきは保持される必要がある。
(クンダリニー・タントラより引用)

「心を浄化」ってどうやるの?!アシュタンガヨガ・心の浄化のプロセスについて

アシュタンガヨガは心身を浄化します。
・・・と、言われても、一体どうやって?!どんな理屈?と思いませんか?

体の浄化については、YouTubeチャンネル「アシュタンガヨガを動画で学ぶ」の中の座学などで触れているのですが、心の浄化についてはあまり詳しくお話ししていないので、今回は、私の実体験を元に、心の浄化のプロセスについてお話ししてみたいと思います。


アシュタンガヨガを始めて起こった変化

【ケースその1】

アシュタンガヨガを始めた当初、私はなぜかとても怒りっぽくなっていました。自分の正義に当てはまらない他人に対して怒りが湧いて仕方ないのです。
ですから、ヨガをしているのにこんなに気持ちがギスギスするなんて、やってる意味あるのかな?と思ったことがあります。

【ケースその2】

アシュタンガヨガのハーフプライマリーをコンスタントに練習していた頃。
最初は自分一人でDVDを見ながら練習していましたが、ある時からスタジオに通うようになりました。すると、気がついたら、他の生徒さんと自分を比べるようになりました。
「あの人より自分の方ができている」「あの人はあのポーズできるんだ!すごい!羨ましい!」と比較ばかりして全く集中できなくなって、苦しさを感じるようになりました。
楽になるためのヨガなのに、苦しい思いをしないといけないなんて本末転倒じゃないか・・・、と思いました。

<心の浄化プロセス1>「煩悩エネルギーの表面化」

『エネルギーは自分の意識の方向に流れる性質があるので、普段から怒りっぽい人はさらに怒りっぽくなり、物欲やお金に囚われている人はさらにその傾向が強くなる』

と言われています。


(2006年11月10日発行 Yogini vol.9より)

 

ですので、私の場合、このアシュタンガヨガの練習によって「怒り」や「プライド」といった煩悩エネルギーが刺激されて表面化したのだと思われます。
私はなぜこれらの煩悩が強いのか、その原因について子供の頃を思い返して考えてみました。

【ケースその1】

私の父親が非常に真面目で、自分にも他人にも厳しい人でしたので、その影響が大きいと思うのですが、私も他人に対して厳しくなってしまうところがかなりあったと思います。
「自分はこうしてるのに、なぜあの人はできないんだろう」とか、自分の基準に当てはまらない人を許せない。そのことを誇りにさえ思っていたと思います。
でも結局、その感情が出てきた時に苦しい思いをするのはいつも自分でした。
私にとって、他人への怒りは苦しみでしかなかったのです。

【ケースその2】

三人姉妹の真ん中で、いつも比べられて育ったこともあり、私はとても「競争心」が強かったと思います。
常に優秀でなければ可愛がってもらえないと思い込んで育ったのです。
動機がそういうものなので、やりたくないことや楽しくないことも無理に頑張ったりして、その先にある成功体験や自分自身の達成感などがあまり感じられないままでした。正直苦しかった思い出ばかりです。
そういう中で「競争心」ばかりが育って、自分が楽しむためではなく、人より優れていたいというプライドばかりが強くなっていました。
その切羽詰まった感情は、苦しみでしかありません。

そのようなことを、私はアシュタンガヨガの練習やその他の学びを通して気がつくことができました。
つまり、それによって自分を苦しめている煩悩を自然に表面化していたのです。

<心の浄化プロセス2>「ありのままを受け入れ、その後の言動に注意する」

自分の性格のネガティブな部分に気がつくと、多少なりともショックを受けます。受け入れがたい真実。短所と長所は表裏一体とも言えると思うのですが、私には「人に好かれたい」という欲の強さもあり、人より優れていたいプライドや自分に対する怒りも手伝って、このままではいけないという気持ちになったのでしょう。「変わりたい!」と積極的に思うに至りました。その後は、自分の立ち居振る舞いや言動に「危険」を感じたら、反省して改めたり、次は気をつけよう・・・と思ったり、その繰り返しです。すぐにそういう部分が直ると思ったら大間違い。そう簡単なことではないけれど、「意識する」ということが何より大事だと思っています。

煩悩は薄れてやがて浄化される

【ケースその1】

練習を始めてしばらくしたら、いつのまにかその怒りっぽいところがマシになっていることに気がつきました。
今でも同じようなシチュエーションに出くわした時、一瞬火がつきますが、「おっといけない、いけない、これは私の悪い癖だ」と、そのつきかけた火を吹き消す余裕ができてきたのかな?と思います。少なくとも、当初のように苦しいと感じるようなことはなくなっています。

【ケースその2】

自分がどのくらいできているのか、ということや、自分よりも練習が進んでいる人のことが全く気にならないか、と聞かれると「気になります!」というのが本音です。
ただ、以前のように「焦り」や「嫉妬」といったネガティブな感情はあまり出て来ず、「尊敬」や「信頼」という感情が芽生え、それによってやる気を起こして練習を楽しめるようになりました。

アシュタンガヨガは、体の中に火をおこして、ネガティブなエネルギーをどんどん燃やして、そして最後には浄化されるシステムです。
そして最終的には、ネガティブな感情が生じにくい穏やかな心を持てるようになります。
(アシュタンガヨガは、そういう独自のアプローチをしているだけで、他のヨガも同じく最終的にいきつくところは、サマディ(三昧、解脱)です。)

原理としては、自分の持っているネガティブなエネルギー(心を煩わせ苦しめる煩悩)が表面化するので、とってもわかりやすいし対処しやすい。
表面化した煩悩を、客観的に受け入れる訓練をしていれば、いつしかその煩悩は抗うことをやめ、消えてしまいます。
それが浄化と呼ばれる所以です。

もしここで、自分のネガティブな感情に目を向けずにごまかしていると、何が自分を苦しめているのかがわからなくなってしまいます。
あるいは、自分のことを棚に上げて他人や何か別のことを原因にしてしまって、それに納得がいかない相手とトラブルが起きます。

さて、アシュタンガヨガを始めたあなたが、いつか「私って嫌な人間だなあ・・・苦しいなあ・・・」と感じることがあれば、そんな部分を浄化するチャンスです。
その時は、とりあえず難しいことを考えずに、ただひたすらアーサナを練習してみてください。浄化するまでどのくらいの時間を要するかは、その人の煩悩がどのくらい強いかによって異なりますので、焦らずに、その時が来るのを楽しみに練習を続けましょう。

そのうち、これまでよりもずっと生きやすくなっていることに、気がつくはずです。

daily practice 「なぜ毎日練習」しなければいけないのか

アシュタンガヨガを始めると、そのうち「daily practice」という言葉を耳にするようになります。今回は、そのことについてお話ししたいと思います。

daily practice(毎日練習)とは何か

そのまんまですが、毎日アーサナの実践を行うことです。最初のうちは、毎日フルプラクティス(先生からここまでと指示されたアーサナまでを行う練習)とはいかないまでも、太陽礼拝だけとかスタンディングまでとか、マットの上に座って呼吸だけ行うというのでもいいのです。そこから少しずつ進展して、しっかりと効果を得られる練習が徐々にできるようになっていきます。

ヨガの目的ってなあに?

馬の軛(くびき)を操るように、ヨガの実践を通して自分の心と体を自由にコントロールできるようになることですよね。

秤のポーズ utplutihi ウップルティヒ

感情に振り回されず、起きる出来事に客観的冷静に判断・行動できれば、様々なトラブルを避けられ、心も体も安定して落ち着いていられます。

では、「起きる出来事に客観的冷静に判断」というのは、どうやってするのでしょうか?

例えば、何か自分が嫌だな〜、と感じるような出来事が起きた時に、「怒っちゃダメダメ!我慢我慢!」と怒りを抑える・・・のではありません。考え方としては、「この出来事も感情も、いずれは通り過ぎていくもの」という風に捉えて、そこにいつまでも執着しない、という感じです。

そうすれば、その怒りに任せてその対象を攻撃することもありません。(これを「良いパターン」と名付けます。)

逆に、攻撃すれば、その時はスッキリしたような気がしますが、心は決して晴れません。それどころか、何度も繰り返し思い出して、怒りの煩悩を積み重ね続けることになります。(これは「悪いパターン」

「良いパターン」を何度も繰り返すことで、自分が「怒り」を発生させる原因に対する反応もどんどん小さくなっていき、いずれ、「怒り」自体発生しなくなるというのです。でも、これを実際にやろうとしても、そんなに簡単なことではありません。

頭で考えるのではなく、身体を使って練習する

ヨガの実践の内容として、日常生活を整えるための「ヤマ(禁戒)」「二ヤマ(勧戒)」の遵守や、アーサナ(ポーズ)の実践があります。(呼吸法や瞑想などはアーサナの実践で心身が強く安定した者のみが行える)

ヨガ初級者はまずこの最初の3つの実践を行なうことになっています。特にアーサナの実践はとても大切で、自分の心身を使って、自分のことを観察し、知り、気づき、変化する、というのを繰り返し行います。体はどんどん健康になり、強くて安定したものになり、心も変化していきます。そのスピードは人によって違いますが、実戦を続けている人なら必ず、誰でも、変化します。

ただし、たまにしかやらないと、すぐに体は元に戻ってしまいます。せっかく変化や効果があっても、戻ってしまうなんて勿体無いですよね?

それに、毎日練習をしていると、「今日は調子が良かった」とか「できないことができた」というような嬉しいこともあれば、「昨日できたのに今日はできなかった」「きつくて体が動かなかった」と、モヤモヤする・・といった変化がとてもわかりやすいですが、時々しかやっていないと、些細な変化には気づきにくいです。気づきや変化があると、やる気も出てさらに練習しようという気にもなりますよね。

「観察・気づき・変化」のループが日常生活に影響する

これを繰り返し続けていると、日常生活にもとてもいい影響があります。

「臨時収入が入った!!と、浮かれて、大きな買い物をしてしまい、給料日までギリギリ生活・・・」「嫌なことがあって、自棄食い、自棄飲みして、悲惨なことに・・・」といった一時の感情に振り回されて、自制心を失い、後悔するような行動を取ることはありませんか。

アーサナの実践中に、自分にとって壁だった難しいアーサナができるようになった!嬉しい!と浮かれて、自慢げな心が膨らむ。そして自分が周囲にどう思われているか気になって気になって仕方がなくなる。練習に集中できない。そこになんだか嫌な自分を発見する。客観的に観察してみると、その自慢げな感情も鎮静して萎む。ということを繰り返していると、日常生活においても、自然と客観的に判断する良い癖がつくので、浮かれたり、怒ったりして失敗する、というようなことがなくなります。

ちなみに、このような理屈を知ると「真理」を理解したような気になりますが、実際に心と体を使って練習をし、自ら体験しなければ、本当に理解していることにはならないし、良い癖として身に付かないんですよね。

逆にその真理を理解していなかったとしても、練習を毎日繰り返すことは、心と体をコントロールするトレーニングをしているのであって、自分の生活に実際に役立てることはできるんです。

意識できるようになるまで時間がかかるもの

さて、みなさんは毎日ヨガの本来の目的「自分の心と体を自由にコントロールできるようになること」を意識しながら、練習をしているでしょうか?
初級者から中級者の場合、それを意識しながら練習をしている人は、ほとんどいないと思います。

初級者から中級者は、「もっとできるようになりたい」「体を強くしたい」「気持ちがいい」という、単純な欲求が原動力となっていて、それが強ければ強いほど、毎日のように練習をします。そして上級者になれば、今度は、その欲求(エゴ)を手放し、さらに内観を重視する練習を自然とするようになります。

長い長い道のりです。でもそういうものだと思ってください。早ければいいというものではありません。むしろたっぷりと時間をかけて、自分の心身を、絶対に揺るがない強固なものに鍛えていきましょう。

アシュタンガヨガ:シークエンス(順序)の重要性


上のポーズは、「カポターサナ(鳩の王)A」というポーズです。
(高血圧、低血圧、片頭痛、不眠症、腰または首に深刻な故障がある場合はしてはいけません。)
アシュタンガヨガは、あらかじめポーズの順序が決められており、その順番どおり流れるように進めていくタイプのヨガです。
プライマリーシリーズから、インターミディエイトシリーズアドバンストA〜Dと、徐々に難易度が上がっていきます。
 
初心者であれば、プライマリーの半分「ハーフプライマリー(太陽礼拝〜スタンディング〜シッティング〜逆転のポーズ)」から始めます。
順番通りに、最初はここまで、そして次はここまで行きましょう。ここまでできるようになったら、じゃあ、次はここまでやってみましょう・・・という風にポーズが増えていきます。
 
この「順番通りに」というのが、重要なポイントです。

プライマリーシリーズ〜セカンドシリーズまで

上の写真のカポターサナというポーズ、セカンドシリーズの途中に出てくるポーズ(最初から数えると90番目)なのですが、プライマリーシリーズを練習していた少し前までの私にとっては「ありえない」ポーズでした。
このポーズは、太腿前面〜股関節〜お腹の筋力の強さ、身体の前面や背面の柔軟性、胸やお尻の開き(緩めること)、そして好奇心と少しの勇気(笑)があれば可能なポーズです。

チャンネル登録よろしくお願いします!!

ここに至るまでに、さまざまなポーズを通り抜け、挫折と成功を繰り返しているうちに自然と身体の準備ができてきます。
上記のポイントを、その前に出てくるポーズによって、ひとつひとつ鍛えていっているのです。
例えば、
上向きの犬のポーズで、背屈への慣れを促し、

スタンディングのポーズで足腰を強化し、

バックベンド(ブリッジ)で身体の前面と背面の柔軟性を鍛え、

胸やお尻の開きを覚える。
そしてインターミディエイトシリーズに入れば、その前半は、ねじりや後屈系のポーズが続きます。
 
そうしているうちに、カポターサナが可能な身体へと変化していくのです。
そしてそれらを自分の身体と心で体験した時「ああ、だからこういう順番なんだな」と気づかされます。

ものごとをうまく進めるには「順序」が大切

 
アップルコンピューターの元社長で2004年から日本マクドナルドの代表取締役兼CEOとなった原田泳幸さん。

7年間既存店売上が落ち続けるというどん底にあったマクドナルドは、原田さんが就任した途端に業績は反転、華麗なV字回復を実現させました。
先週の日曜日朝の番組に原田さんがゲストで出演しており、この成功の理由は「正しい順序」に沿った経営方法にある、と解説していました。(「成功を決める「順序」の経営 ―勝つためには戦略の順番を間違えるな」原田泳幸 (著) 参照。)
すべてにおいて、「正しい順序」は重要です。仕事も勉強もスポーツも、そして人生そのものも。もし今、何かで行き詰まっておいでなら、少し冷静になって「正しい順序」でやってきたか見直して、間違っていれば、そこからもう一度やり直してみるといいかもしれません。
急がば回れ、です。

ヨギーならベジタリアン(菜食主義)じゃなきゃダメですか?

ヨガを始めると、身体のことを常に意識するので食べ物にも気を使うようになります。

何を食べたら良いのかなー?とヨガの教本をひらくと、決まってベジタリアンになることを勧める言葉があります。

大抵の方はそれを鵜呑みにして、なぜベジタリアンになることを勧められるのかよく考えもせずに動物性食品を摂らなくなります。そして、明確な理由も言えないまま、私はベジタリアンです、と宣言している人が多いなと感じます。(ベジタリアンとは

ちなみにインド人が菜食主義なのは、暑くて肉が腐りやすい気候で、宗教的にもそもそも肉を食べない文化に生まれ育ったことが主な理由です。(大昔はヒンドゥー教でも肉を禁じていなかったと書かれている文献もあります。)

だからインド人がヨギーに合う食事として紹介した中に肉が入っていないのは当たり前のことなのです。

私の場合はベジタリアンではありません。ビーガンでもないです。

基本的に、化学物質の入った添加物やオーガニックでないもの、加工品などをできるだけ省いた、健康で栄養のある食べ物(玄米、鶏肉、野菜、豆類、発酵食品、ナッツなど)を素材から自分で調理して食べています。

外食や買い食いは基本しません。

もちろん、ヨガを始めた頃は訳もわからず、動物性の食べ物を食事から省いた時期もありましたが、陰性の私の体質には合わず、陽性である肉も必要だということがわかり、それ以来積極的に摂るようにしています。

ちなみに、アシュタンガヨガの八枝則の中の「ヤマ」にはアヒムサ(不殺生)というルールがありますので、生き物を殺さないという戒めは守れていませんが、それを言うなら野菜や果物、穀物なども全て生き物。菜食主義であっても守れていません。動物はダメだけど植物は殺して良いなんて矛盾してませんか?

人間は生き物です。ほとんどの生き物は他の生き物を得ることで生きています。そのようにすることが自然です。

ですから、生き物を食べることに関しては、不殺生の例外として良いはずだと個人的には思っています。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

もちろん菜食主義で生きたいのであれば、それは個人の好みですから自由にされて良いかと思います。

ただ、何事もバランスが大事。菜食主義でいることで、自分の周囲との関係や、身体的、精神的・情緒的に悪影響を及ぼし、良い生き方ができないようでは、本末転倒です。

また、それが自分の体質や風土、文化に合っていなければ、支障をきたすこともあり、病気になる方もいます。ですので、試験的にある一定期間色々な食事法を試してみて、合わなければ潔くやめて、自分に合う食事法を見つけてほしいと思います。