ヨガの指導と子供の教育「楽しめば自然と上達し継続できる」

うちの4歳の娘は、どちらかといえばなんでも平均的で平凡なタイプだと私は思っているのですが、絵に描いたような努力型で、毎日コツコツ努力を積み重ねることができます。

photo 井上誠二郎さん

それは私が口を酸っぱくして事あるごとに「継続は力なり」論を唱えているからそうなったのかもしれませんが、今の娘にとって練習を続けることは、当たり前になっています。
練習を続けることで、難しそうに見えることでも必ずできるようになるという体験をたくさんさせています。

例えば、幼稚園の帰りに園庭でうんていの練習を毎日しています。
今学期中に全部渡りきることが目標ですが、もうあと少しのところまできています。基本的に娘が自主的に練習をしているのを、私は見ているだけです。でも今の娘に何が必要かもわかっているので、伸び悩んでいればそれとなくこうしてみたら?と言ってみます。
初めの頃は、放っておけと言われていましたが、最近は素直にアドバイスを聞けるようになってきました。素直さは上達の鍵です。やり方がわかれば、あとはひたすら練習。練習していれば、自然と体(筋力)が追いついてきます。

“just enjoy”

先ほども言いましたが、うんていを毎日練習しているのは娘です。自分で「今日はどこまでいけるかな?たくさん渡りたい!」という気持ちでやっているのがわかります。少ししかできない時は悔しがり、たくさん渡れたらドヤ顔。嬉しさが滲んでいます。
私も前進すれば一緒に喜び、なかなか進まなければ励まし、できようができまいが、練習すること自体を一緒に楽しむ。
大人も子供も単純に楽しいということが、モチベーションになるでしょう?
だから「ただ、楽しもう」ってわけです。

ところで、ヨガの指導と子供の教育において大切なことの共通点は、「ありのままを観察し、見守り、必要があれば手を貸す」だと思います。

ヨガの指導では、生徒さんそれぞれの体と心のありのままをみて、その時の生徒さんにとって最良のサポートをする。
子供が、何かをできるようになろうとする時、今の体と心の状態と可能性を見極めて、最良のサポートをする。

いずれも、寄り添いながら過干渉をしない。
そんなところは、全く同じだなあとつくづく感じます。
練習をしていれば必ずできる時がやってくると強く信じて、励まして、その時がくれば、一緒に喜ぶ。頑張ったり無理しなかったり、心と体の微調整を一緒にしながら、とにかく続けるということに注力する。それが私の仕事かなあと思っています。


< 12月20日追記 >
ついに終業式前日、園庭のうんていを全て渡りきることができました^^
母は、とても嬉しく感動しました!娘はといえば、騒ぎもせず冷静でしたが、顔から興奮と喜びが滲み出ておりました。よく頑張った!

初体験!7日間の断食(ファスティング)

先週金曜日が新月だったので、急に思い立って断食を始めました。「断食」というと、飲まず食わずの修行的な感じにも思えますが、近頃流行りの酵素や必要な栄養素を飲み物で摂取しながらのファスティングだったからか、空腹でイライラするようなこともなく、案外楽でした。

私は普段から月に数回は1日半の断食をしているのですが、二日以上の断食は今回が初めて。実践するまでは、私にはできないと思っていたけど、意外にあっけなく完了しました。

7日間の断食メニュー

【摂取した飲み物】

1日目
朝、昼、夕・・・酵素ドリンク20ccお湯割 / その他・・・水、醤油番茶
2日目(宿便排出)
朝・・・酵素ドリンク20ccお湯割 / 昼・・・コーヒー、ほうじ茶 / 夕・・・甘酒200cc / その他・・・水、醤油番茶(※少し頭がぼんやり)
3日目
朝・・・酵素ドリンク20ccお湯割 / 昼・・・甘酒、野菜スープの汁のみ / 夕・・・醤油番茶、昆布だし+醤油(※前日、宿便が一気に出てしまってお腹が軽くなった。練習の際にその軽さを実感。キツさは一切無し。)
4日目(宿便排出)
朝・・・醤油番茶 / 昼・・・野菜スープの汁のみ / 夕・・・野菜スープの汁のみ(※この時点で体重は約3キロ減、体脂肪率0.5%減)
5日目
朝・・・醤油番茶 / 昼・・・甘酒、野菜スープの汁のみ / 夕・・・野菜スープの汁のみ(※体重ほとんど変化なし、体脂肪率0.5%減 / ※朝のマイソールで練習の後、生理が予定通り開始)
6日目
朝・・・酵素ドリンク20ccお湯割 / 昼・・・野菜スープの汁のみ / 夕・・・野菜スープの汁のみ(※キックボクシングトレーニング前にVAAM摂取 / ※体重0.3kg減、体脂肪率1.5%減、生理二日目(経血サラサラで量少なめ))
7日目
朝・・・酵素ドリンク20ccお湯割 / 昼・・・野菜スープの汁のみ / 夕・・・野菜スープの汁のみ(※キックボクササイズ前にVAAM摂取 / ※体重0.4kg減、体脂肪率0.8%減)

断食後の感想

今回の断食の目的は、デトックスをして、乱れた食生活&身体をリセットすること。最初は3日間くらいの予定でしたが、思いのほか楽だったので、できるところまでやってみようと実験的にやってみて、7日間でやめた、という感じです。

断食は上手に適度に行えば、体にとても良い行為なので、あまりに食べ過ぎの現代人には必要な行為じゃないかなと思います。免疫力や自然治癒力が高まり、思考が明晰になり、心が落ち着きます。

ですが、今回の私のようなやりすぎはダメです。断食はあくまで無理のないよう、調子の悪い時に食事を控えるとか、一食分抜くとか、月に一回、1日だけ食べないとか、時々胃腸を休めてあげる程度にしておきましょう。

さらば、電子レンジ


先日、10年以上使ってきた電子レンジが、最後に「ブッ!」という変な音を出して、動かなくなりました。
冷凍ご飯や冷凍したお肉、おかずの温め直し、朝食のパンを焼くトースター的役割、焼き菓子を作るオーブン的役割を果たしてきたこの電子レンジですが、これを機に、電子レンジを使わない生活を始めようと思います。
 
食材はできるだけ買いだめをしないようにしたり、仕方なく冷凍したご飯やお肉は、使う前の日に冷蔵庫へ移して解凍、フライパンや蒸し器で調理したり、おかずはその都度「食べる分だけ」を作るようにしたり、パンはガスコンロ&フライパンで焼くし、焼き菓子は魚焼きグリルを使う・・・・

こんがりカリッと焼けて美味しい!何もつけずにいただきます!

案外困りませんね〜〜
 
ところで、電子レンジは、物質の分子を振動させ、その摩擦熱で温めます。
熱は一気に上昇するものの、マイクロ波の照射をやめると直ちに温度が下がり始めます。
それに対して、火や遠赤外線で加熱し温めたものは、加熱をやめた後も少しずつ温度が上昇し続け、温度が下がるのもゆっくり。つまり、お腹の中に入ってもしばらく温かいままなのです。
ああ、なるほどねえ〜〜。
電子レンジは、体を冷やす原因にもなっているんですね。
冷えは万病の元。
私たち大人はもう死に向かって進んでいますが、娘はまだこれから。大人になるまでにできるだけ無駄な負担をかけない良い環境を作ってあげたいなぁと常々思っています。
便利な世の中ですが、皮肉なことに不便で手間がかかるものほど、身体には優しいんですよね。
 
さらば、電子レンジ!

人は愛情不足を補おうとする生き物

先日三歳を迎えた娘

「三つ子の魂百まで」といいますが、私は娘を産んだとき、「よし、この子が三歳になるまでとにかく愛情を注ぎまくってやるぞ!」と決めました。
実際に三歳になるまで、色々な幅広い方法で、たくさんの人の協力を得ながら、かなり意識して愛情を示してきたつもりです。
 
今の娘の姿は、その結果だと感じています。
 
さて、人は誰かの愛情というものを感じなければ、心が寒くて寒くてどうしようもなくなる生き物だと思います。
子供が小さい頃、特に3歳くらいまでに注ぐ親の愛情って、シンプルですよね。小さい子供が欲するものは限られているから。
それが、成長すればするほど、注ぎ方が変わってくる。
だけど愛情は、一度しっかりインプットされたら(私はちゃんと親に愛されているという自信を持てたら)、次のステップへ進めるものだと思います。
 
人が最初に愛情を感じるのは、親との間。
そこで感じることができない時には、他の人に求めるなりしてどうにか心の隙間を埋めようと必死になる。
 
昔から、グレた子供が早くに妊娠したりさせたりするケースは典型的で、親から愛情を感じられなかった子は、恋人という存在にそれを求めたり、何かに依存する形で補おうとする。
 
また、親から愛情を感じ取ることができたとしても、それが条件付きであると勘違いしてしまうケースもある。
いい子でなければ愛されない、特別な存在でいなければ注目されない、と思い込んで、勉強やスポーツに必死になったり、ちょっと変わった子を演じることで、注目を浴びようとしたりする。
だけどやってもやっても満たされない、、
そして頑張っても無駄なら、もうめちゃくちゃやってやると、自暴自棄になることも、、、。
 
何が言いたいかというと、何をやっても満たされない、報われないと思っている人って、結構いると思うんです。
 
そういう人は、心の奥底に、ずーっと解消されないで残っている「親に無条件で深く愛されたかった」という思いがあるんじゃないかなぁと思います。
それが解消されない限り、何も変わらない。
別の場所で頑張ったり、代わりの人を見つけたところで、堂々巡りになってしまう。
 
逆に言えば、問題の根本が解決すれば、すべてうまく進んでいく、といえます。
 
親は、親自身がそういう思いを持って苦しんでいる場合、子供への愛情を持っていても、その伝え方がなかなか分からない。伝えなければいけないという思いすら持っていないかもしれない。
 
色々な考え方がある中で、私は、誰にでもそういう愛とか慈しむ気持ちはあるけど、それを伝えること、伝える手段を知らないだけだと思います。
 
途中で誰か大切な人(友達、先制、恋人、伴侶、など)ができたとき、心に温かいもの、愛情を知ることができたとしても、幼いときに開いた穴は、開けた相手が埋めてくれるまでなかなか埋まらないもの。
もし、まだその相手が生きており、チャンスがあるのなら、是非、どうにかして埋めてもらう努力をしてみるといいと思います。
多くの場合、「愛されなかった」という勘違いとか思い込みであることが多くて、本当はお互いずっと心の奥底にわだかまりを持って暮らしているかもしれない。
 
もし、もう埋めてもらえる相手がいないのなら、「そっか、自分は親に深く愛されたかったんだなぁ、寂しかったんだなぁ」と、そんな自分を素直に受け入れて、その心をギューっと抱きしめるような気持ちを持って欲しいと思います。
そうするだけで、少しずつ何かが変化していくと思います。
絡まった糸を一本ずつ解いていくように、時間はかかるし、時々イライラするかもしれませんが、それでもいつか必ず、いい具合に解けていくと、私は信じてます。
 

親子の良い関係とは(幼少期編)

娘は預け先などでよく「いい子だね」「よくいうことを聞いてお利口さんだね」と褒められるんですが、確かによそ行き顔といいますか、表向きの顔はそうかもしれません。
でも、私たち親の前では、ちゃんと聞かん坊、暴れん坊の面を見せています。

本当にいい子っていうのは、「扱いやすい子」ではなく、年齢相応の成長をしている子ってことだと思います。
娘はもうすぐ3歳になりますが、虫の居所が悪い時には、なんでも嫌って言いますし、癇癪起こして手がつけられないようになったり、「ママなんか大っ嫌い!!!」と言ってどこかへ走り去っていくわりに、ほおっておいたら「ママがいないと寂しい」と言って泣き叫びます。
支離滅裂な訴えをしつこくしてきたり、怒って泣いたかと思えば、すぐにつまらないことでゲラゲラ笑ったり、、、、
赤ちゃんから幼児となり、そこからもう一つ成長をしようとするときに、よく見られる子供そのもの。

暴れる娘を抑え込むのは簡単なのですが、もう物事がわかってきている年齢だけに、力づくでどうにかしようとしたって、ますます抵抗心に火をつけるだけであまり効果はないんですよね、、、。
それに、娘を叩いたりすると自分自身が苦しくなる上、「目には目を」という乱暴的な解決法ではなく、平和的な解決法があることを学んで欲しいので、思わず手をあげたくなるところをグッとこらえます。
怒鳴り泣き叫ぶ娘には知らん顔、叩いたり蹴ったり暴力をよこしてくれば無抵抗、あるいは「叩かれたり蹴られたら痛いし、怖いからもうこっちへ来ないで!」と恐れるそぶりをすると、かなりショックを受けたみたいで、「ママ、ご、ごめっ、ごめんっ!!もう、叩かない、、から、来ないでって、言わないでっ!」としゃくりあげながら自分から謝ってきました。
ああ、ついに自分で感じて判断して「ごめんなさい」ができるようになったなあ、と感動して、私もついついもらい泣き。「わかった、もういいよ」とギュッと抱きしめました。
これまで寂しかった経験をひとつひとつ話してくれる娘。全部言い終わったら安心して眠りにつきました。

本気でぶつかり合っている私たちですが、あまり見られたくない程、激しいです。ですが、ストレートに自分の感情の移り変わりを見せることで、人を傷つけることの怖さ、傷つくことの辛さを学んで欲しいなと思います。
アシュタンガヨガの八支則に「アヒムサ(非暴力)」というのがあります。
身体的にも精神的にも、他人に対しても自分自身に対しても、決して傷つけないこと。
例えば、我慢したり無理したりすることも自分自身への暴力であるし、無意識の言動で人を傷つけた場合も暴力であるので、これらを全うしようとしたらかなり難しいかもしれませんが、そういう心がけを持つ、意識するということがとても重要だと思っています。
「しつけ」というのは本当に難しいと感じています。
ついつい感情的になって大人気ない態度をとってしまったり、思わず手を上げてしまったり。
親だからといって人間的に優秀なわけではないのだから、子供のことで悩んだりつまづいたり転んだりするのは当然。
真剣に向き合い、お互いを尊重し、共に良くなっていこうと努力しあうことで、何かが見えたり乗り越えたりしながら、一緒に人として成長していく。
それは親子同士だけでなく、夫婦や友人同士、上司と部下など色んな関係でも同じこと。
それが「良い関係」だなぁ、と思います。
 

ホーローおまるでトイレトレーニング

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ころんと可愛いおまる、娘もお気に入り♡

本格的にトイレトレーニングを始めました。
幼稚園、テレビ、youtubeなどの影響もあって、少しずつトイレで排泄することを理解し始めた頃です。

オムツを履くのも嫌がるようになりました。
トレーニング3日目の今日は、自らおしっこもウンチもおまるできちんとしていました。
私は、おまるの中の立派なウンチを見せてもらって、とても嬉しく「おめでとう!!やったね!!すごい!!」と拍手しながら喜びました(^∇^)
娘もなんだか誇らしげな顔。笑
こうやっていろんなことができるようになっていくんですね。
トイレのしつけは、成長への大きな一歩。
私が子育てにつまづいた時に引っ張り出す教科書「子どもへのまなざし」に、しつけというのは、強制することではなく、教えて待つことだと書かれています。
いつかはできるようになるのだから、その時を楽しみに待つ心の余裕を持っていたい、それが子どもの成長への近道なのだと。

ところで、私、以前は植物を育てるのが苦手でした。
「土の表面が乾いたら水やりをする」と説明書きがあったのでその通りにしていてすぐに枯らしていました。
原因は根腐れです。
それでも根気よく園芸を続けていると、ちゃんと植物を観察していれば、本当に今お水が必要なのかどうか分かるんだということに気づきました。
子どものしつけも、ただやみくもにやるのではなく、子どもが今それをできる状況なのかをよく観察して、タイミングが合えばすんなりできるようになるということもあると思います。
自然の法則に沿う自然農の話はこちら

似たような話で、ヨガの難しいアーサナも、日々の積み重ねで身体が少しずつ強くなっていき、そのときの身体の状態によって、すんなりできたりします。
反対にまだからだの準備ができていないのに、ただ最終形に近づこうと見よう見まねでやっていたらどこかしらを痛めた、なんてこともよくある話です。
インストラクターとしては、生徒さんのからだの状態をよく観察して、判断しなければ怪我をさせてしまう可能性があるということを肝に銘じなければなりません。

育児も園芸もヨガも、基本は同じ。洞察力が重要!洞察力を鍛えるには瞑想が効果的!

とうとう臨月です

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本日、ついに36週に入りました。もういつ生まれてきても大丈夫です。

体の方はと言うと、骨盤周辺の靭帯がかなり緩んできていて、とくに、恥骨結合や仙骨の弛みが大きく、座っているときや横になっている時に、神経に触れてズキッと痛むことが多くなってきました。緩むのは出産のための自然な変化であって、仕方のないことなので、それによって骨盤が歪まないようこまめに調整をするよう心がけています。

後期に入ってからは食欲も体重も安定しているし、お腹の中の赤ちゃんも順調に成長していて毎日元気に動いています。心身ともに健康、毎日朗らかに楽しい毎日を過ごせています。

私のこの順調さは、やはり「ヨガ」「瞑想」「穀物菜食」が与えてくれたものだと思います。いずれも、妊娠・出産そして育児に素晴らしい影響を与えてくれるものだと確信しています。妊娠する前にこれらに出会えて私はほんとにラッキーでした。これから妊娠の予定がある方には是非、日々の生活にこれらを少しずつでも良いので取り入れて欲しいと思います。

もちろん、側で優しく支えてくれる夫、家族、友人たちのおかげでもあります。本当に感謝です♡出産まであと少し。頑張ります^^

妊娠中の食生活について


左の画像は産院でいただいたガイドブックに載っているフードピラミッドです。下層から優先して食べるように勧められています。私は、妊娠前から「ゆる玄米菜食」にしていたので、ほとんど変わりません。

ただし、つわりの時はとにかく変なものばかりを食べたくなっていました。私の場合、つわりで吐いたり食べられなくなったりすることはなく、とにかく気持ち悪いのをどうにかするために何かを口にしたくなっていたように思います。
そして、そんな時に決まって頭に思い浮かぶのは、フライドポテトやラーメン、カレーといった味の濃いもの。マクドナルドの前でいつも立ち止まって「どうしよう・・・食べようかな」と迷っていました。笑

もちろん、そういった油や塩分の多いものは身体に悪いとわかっているし、食べた後具合が悪くなるので、実際に食べるのは月に一度ずつくらい、最小限に抑えるように頑張りました。
ある日の夕食
【ある日の夕食:玄米ご飯、切り干し大根の煮物、きんぴらごぼう、れんこんボール、金時豆、プチトマト、梅干し、漬け物、イチゴ、ルイボスティー】
妊娠17週に入り、これから益々お腹が大きくなってきます。栄養をバランス良く上手に摂って、ストレスを溜めないように息抜きしながら、のんびりいきたいと思います。

ヨギーならベジタリアン(菜食主義)じゃなきゃダメですか?

ヨガを始めると、身体のことを常に意識するので食べ物にも気を使うようになります。

何を食べたら良いのかなー?とヨガの教本をひらくと、決まってベジタリアンになることを勧める言葉があります。

大抵の方はそれを鵜呑みにして、なぜベジタリアンになることを勧められるのかよく考えもせずに動物性食品を摂らなくなります。そして、明確な理由も言えないまま、私はベジタリアンです、と宣言している人が多いなと感じます。(ベジタリアンとは

ちなみにインド人が菜食主義なのは、暑くて肉が腐りやすい気候で、宗教的にもそもそも肉を食べない文化に生まれ育ったことが主な理由です。(大昔はヒンドゥー教でも肉を禁じていなかったと書かれている文献もあります。)

だからインド人がヨギーに合う食事として紹介した中に肉が入っていないのは当たり前のことなのです。

私の場合はベジタリアンではありません。ビーガンでもないです。

基本的に、化学物質の入った添加物やオーガニックでないもの、加工品などをできるだけ省いた、健康で栄養のある食べ物(玄米、鶏肉、野菜、豆類、発酵食品、ナッツなど)を素材から自分で調理して食べています。

外食や買い食いは基本しません。

もちろん、ヨガを始めた頃は訳もわからず、動物性の食べ物を食事から省いた時期もありましたが、陰性の私の体質には合わず、陽性である肉も必要だということがわかり、それ以来積極的に摂るようにしています。

ちなみに、アシュタンガヨガの八枝則の中の「ヤマ」にはアヒムサ(不殺生)というルールがありますので、生き物を殺さないという戒めは守れていませんが、それを言うなら野菜や果物、穀物なども全て生き物。菜食主義であっても守れていません。動物はダメだけど植物は殺して良いなんて矛盾してませんか?

人間は生き物です。ほとんどの生き物は他の生き物を得ることで生きています。そのようにすることが自然です。

ですから、生き物を食べることに関しては、不殺生の例外として良いはずだと個人的には思っています。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

もちろん菜食主義で生きたいのであれば、それは個人の好みですから自由にされて良いかと思います。

ただ、何事もバランスが大事。菜食主義でいることで、自分の周囲との関係や、身体的、精神的・情緒的に悪影響を及ぼし、良い生き方ができないようでは、本末転倒です。

また、それが自分の体質や風土、文化に合っていなければ、支障をきたすこともあり、病気になる方もいます。ですので、試験的にある一定期間色々な食事法を試してみて、合わなければ潔くやめて、自分に合う食事法を見つけてほしいと思います。