「体の痛み」はアシュタンガヨガの練習に必要不可欠!

今朝のマイソールクラスの時、ある生徒さんから「パドマーサナ(蓮華座)を組むと右足が痛いので、今日はあまり動かず呼吸だけでもいいですか?」という質問がありました。

これは誰にでも思い当たる出来事だと感じたので、今日はこの「身体の痛み」についてお話ししたいと思います。

痛みがある時の練習方法

生徒さんには、詳しい状態を聞いた上で「もちろん、それでも良いですが、いつもの練習をできる範囲でやってみるというのも良い練習になりますよ」とお答えしました。

練習後、その生徒さんが「やってみたら大丈夫でした〜!」とおっしゃったので、ホッとしました。練習をするかどうかを決めたのは生徒さん本人ですが、練習しても良いと言った手前、痛みがひどくなってしまった場合、やはり責任を感じますからね。講師としてもその辺は慎重にヒアリングをしなければいけません。

判断基準としては、常に痛みを感じている場合(炎症を起こしている時など)ならいつもの練習をお休みして、マットを敷いて座り、呼吸を5〜10分くらいすると良いでしょう。呼吸で身体を整えリラックスできるし、時にはしっかり休むことも大切です。人間は動物同様、じっと動かないでいることで、怪我や病気を治す「自己治癒力」というものがあります。特にヨガを日々実践している方は、その治癒力が高まっていますので、練習を2〜3日休むだけで痛みが消えたり、結構大きい怪我でも普通の人より治りが早かったりします。

常に自分の体と心を観察して、やりたくない・・・と感じたら、休んでくださいね。痛みはあるけどやれそうだな、ちょっとやってみようかな、やりたいな、と感じているなら、無理のない程度で様子を見ながらやってみてください。


「痛み」は種類によっては必要なもの

さて、「痛み」というのは、軽微なものから激しいものまで色々あると思います。真剣に練習をしている人なら、全体の練習の中で一つも痛みを感じずに終えられる方は、ほとんどいないと思いますがいかがでしょうか。

アシュタンガヨガは、レベルに合わせて難易度が高くなるわけですから、体がどんどん強くなっていろんなポーズをできるようになっても、その人がその時にギリギリまで頑張らなければできないポーズがまた新しく出てくるので、常に「これ以上はきつい!痛い!」という状態に自分の身を置き、自分の心と体に向き合うという作業をし続けることになります。そういう意味でも、1時間〜1時間半練習をして全く痛みを感じない人は、アシュタンガヨガをしていないのだなあと思います。

ヨガとは、「どんなポーズでも呼吸を乱さない」練習。つまり、どんな痛みや苦しみに出会っても呼吸が乱れない「強さ」と「柔軟性」と「冷静さ」を保つ練習なのです。この「痛み」というのはそのための重要な役割を担っているのです。

痛みへの対応の仕方

「このポーズはきつい!苦手!痛い!」ということに対して、あなたはどんな反応をしますか?

  1. 「これ嫌!したくない」と反発する(苦手なポーズをついスキップしてしまう)
  2. 「これ嫌!でもやらなきゃ!」と反発しながらもなんとかやろうとする(呼吸が乱れる)
  3. 「あ、これ嫌だなと感じている自分がいる」と思う(客観視する)
  4.  なんとも思わない(感覚の制御、集中ができている)

上記の中でどれが一番苦しいと思いますか?そしてどれが一番楽だと思いますか?

1と2は苦しいし、3か4なら楽そうですが、実際にそのようになるのはなかなか難しそうですよね。難しいことだからちゃんと練習をしなければできるようにはならないのです。だから、この練習には、「痛み」そのものが必要不可欠なのです。もちろん、あまりに大きな痛みは、受け入れたり乗り越えるのが困難なので、その場合は、乗り越えられる範囲まで練習を緩めてみましょう。

そのほかにも練習中には、息苦しさなどの肉体的苦痛や、慢心、恐れ、怠慢なども現れますよね。それもこれも全て「どんな状況にも冷静さを保つ」ために必要な材料となるのです。


ヨガ初心者によくある話

あるポーズにAさんは痛みを感じ、Bさんは痛みなく楽にできているという場合。

Aさんは劣等感や痛みに対する嫌悪感を感じるかもしれません。Bさんは優越感や、もっとできる!という高慢さが現れるかもしれません。

だけどそもそも、ヨガの練習に「比較」も「評価」も必要ありません。できないポーズは、ヨガの目的に一歩近づくためにあります。それを乗り越えようとするそのプロセスで、受け入れ方や向き合い方を学ぶのです。できないからと言って投げ出すような態度を取ったり、怒ったり、落ち込んだりしてしまうのは、そのことがまだ理解できていない、ヨガを単なるスポーツのように捉えているのかもしれません。

人それぞれ、体が違うように、進むペースも得意不得意なことも千差万別、感じる痛みもそれぞれ違います。大切なのは、どんな痛みや苦しみが目の前に現れても、冷静に受け入れて、対処する練習をし続けることなのです。


そしてこの練習の成果は、普段の生活、人生そのものに必ず影響を与えます。嫌なものに出会った時、自分がどう感じるか、何に気づくか、どう対処するか。そうやって、みんながうまいことトラブルを回避しながら快適に過ごせるようになれば平和ですね。

さて、次の練習では、一体どんな感覚的刺激があるのか。それをじっくり味わいながら、練習をしましょう。