アシュタンガヨガをすると怒りっぽくなるの?

もうかれこれ10年ほど前、私がまだ初心者だった頃のことです。あるアシュタンガヨガの先生が、「アシュタンガヨガは、その独自の呼吸法で体の中に”火”(エネルギー)を起こすので、怒りの感情が出やすくなる」と言いました。

「みんなもそうじゃない?」と聞かれ、同感した方もいらっしゃいましたが「う〜ん、そうかな〜?」と首をかしげる方もおり、さまざまな反応が見受けられました。

その様子を見て先生が「あれ?おかしいな。みんな、ちゃんと練習してるの?」と、笑っていました。

そして、先生が体験したアメリカのヨガスタジオでのピリピリした雰囲気、他の生徒さんや先生同士の険悪な雰囲気、他人に対して、ちょっとしたことで怒りが生じ怒鳴り散らした経験を、おもしろおかしくお話ししてくださいました。

ここまでの話を聞くと、
「アシュタンガヨガってなんのためにするの?」
「怒りっぽくなるんだったらしない方がいいんじゃない?」
「ヨガってそもそも穏やかな心を目指すものでしょう?」
と思うのではないでしょうか。今回は、このアシュタンガヨガが持つ性質についてシェアしたいと思います。

「火(エネルギー)」が自分の意識や感情を強くする

それからしばらくして、たまたま昔のヨガ雑誌を引っ張りだして見ているとこんな記事がありました。


(2006年11月10日発行 Yogini vol.9より)

「そのために必要なこと不要なこと」
アシュタンガヨガの練習、特に太陽礼拝のポーズは、太陽に向かって呼吸をしながら体を動かすことで、体内にたくさんのエネルギーが作り出されます。
エネルギーというのは、自分の意識の方向に流れるという性質があるので、普段から怒りっぽい人だともっと怒りっぽくなるし、物欲やお金に囚われている人はさらにその傾向が強くなります。つまり、アーサナの練習をすると良くも悪くも自分のマインドの通りに物事が運ぶようになるので、どういう意識でいるかがとても大切。その方向性を教えてくれるのが*ヤマとニヤマです。
ただ、このような仕組みは、アーサナの練習を通して体感できることなので、いまの時点で理解できなくて当然。頭でっかちになると良くないので、むしろ考えすぎずにまずは朝起きたら淡々とアーサナの練習をしましょう。

*ヤマとニヤマ・・・ヨガの八支則のうちの最初の2つ。ヤマは「禁戒」でやってはいけないこと、ニヤマは「勧戒」でやったほうがいいこと。


私はここで、腑に落ちました。あの先生の話を聞いたとき「怒りが生じる」ことにそれほど同感できなかった人は、同感できる人に比べて持っている怒りの感情が少ないだけなのだろう、と。要するにこれは、自分の中に作り出されたエネルギーが、怒りという感情に限らず、その時の自分の意識や普段から現れやすい感情をパワーアップさせて表面にあふれさせているということなのです。

なので、別の感情や性質(嫉妬、ケチ、プライドが高い、物欲・・・etc)の方が強ければそちらが表面化しやすくなっているのでしょう。

ネガティブマインドを燃やして浄化する

そういえば、先生はこうもおっしゃっていました。「アシュタンガヨガは、体の中に「火(エネルギー)」をおこして、ネガティブな意識や感情をどんどん燃やして、そして最後には浄化されるシステム。つまり最終的には、ネガティブな感情が生じにくい穏やかな心を持てるようになる。

ちなみに「浄化」というのは、自分の内面にしっかりと向き合って、散らかった感情を片付けて整理整頓したり、右往左往して迷っている意識を向けるべきところへ向けるという意味です。もちろんマインド面だけでなく、肉体面(血液、筋肉、内臓、など)の浄化も同時に行われます。

ネガティブな性格で、感情の波が大きくて辛い、、、という方も多いと思います。「一体何が自分を苦しめているのかさえわからない」混乱状態に陥ったりするかもしれません。

だけれども、アーサナの実践をしているだけで、自分を苦しめているネガティブマインドを1つ1つ表面化させて、その都度それが自動的に消されていくなら、とってもわかりやすいし、単純というか簡単そうですよね。

長年ヨガの実践を正しく真剣にやっている人を見れば一目瞭然。シンプルで迷いがなく、いつもスッキリして幸福そうですよね。そういう人でも最初からそうではなかったと思いますよ。もちろん、生まれたときから聖人君子のような人も稀にいますが、だいたいがそうではありません。正しく真剣に続けていれば、誰でもそうなれるのです。

普段の意識の持ち方が重要

普段の意識や自分の感情の性質が「その先」を決めるわけだから、気をつけなければいけないな、と思います。どれだけ浄化作業をやっていても、新たにネガティブマインドを生みだしていてはキリがありません。ですから、普段の生活や人間関係、様々な環境を整えていくことも、とても大切です。

そのために、ヨガの八支則には「ヤマ(禁戒)」「ニヤマ(勧戒)」というものがあり、ヨギーはそれを守ろうとするのです。ヨガの実践に本気で取り組むのであれば、必ずアーサナの練習だけではなく、ヨーガ・スートラというヨガの経典を読みなさい、と言われます。何も考えずにアーサナの実践だけやっているのと、ヨガというものの本質を知り、正しい知識と意識を持ちながら実践を続けるのとは、雲泥の差です。

「ヨーガ・スートラ」というのは、賢者パタンジャリが説いたヨガ思想を弟子たちがまとめてできた経典です。

そのヨーガ・スートラを翻訳・解説したさまざまな文献がありますが、ヨガの実践をしていない人、やっていても経験が浅い人がそれらを読解することはなかなか難しいと思います。ですが知ろうとすることが大切で、意味はわからなくてもとりあえずスートラに触れてみるということはしたほうがいいと思います。今はまだ理解できなくても、実践を続けていれば必ずそれを理解できる段階に辿り着くので、その時に「ああ、これはこういう意味だったんだ」と気づいたり、深く学ぶことができると思います。

もちろん、知識だけではダメです。アーサナの実践を日々行うことが必須条件ですよ^^

「インテグラル・ヨーガ」という文献がとてもわかりやすくて良かったのでオススメです。

ドリシュティ(視点)がもたらす効果

アシュタンガヨガでは、1つ1つの動きに対して、定める視点が決まっています

掌を合わせて頭上高く腕を伸ばした時には、その親指に視点を定め、両手を床に着いて肘を伸ばし、前方に頭を持ち上げた時には眉間に視点を定める、といったようにです。

何故いちいち視点が決まっているのか、気になりませんか?実はドリシュティというのはとても重要なテクニックなのですが、今回は、初心者の頃はなかなか覚えられない、忘れちゃう・・・と結構おろそかにしがちな「ドリシュティ」についてシェアしたいと思います。

ドリシュティの種類

瞑想などでは、ある一点を「凝視」する方法もあるのですが、アシュタンガヨガにおいては、そこまで力んで凝視しなくても良いです。できるだけリラックスして一点を見つめましょう。

  • ナサグライ<Nasagre>(鼻先)
  • ブローマディヤ<Brumadhye>(眉間)
  • ナビ・チャクラ<Nabhi Chakra>(へそ)
  • ハスタグライ<Hastagre>(手)
  • パダヨラグライ<Padayoragre>(つま先)
  • パールシュヴァ<Parshva>(右側)
  • パールシュヴァ<Parshva>(左側)
  • アングスタ・マ・ディヤイ<Angushthamadhye>(親指)
  • ウールドゥヴァ<Urdhva>(上方)

ドリシュティの効果

一般的に、自分の内側に意識を向け集中力を高めたり、また、外側に意識を向けたときは外界とのバランスを保つ練習をすることができると言われています。

また、目や鼻の周りには、消化器系をコントロールする経絡のうち、いくつかが集中しており、眼球を鼻の先端や眉間に向けて動かし、視点を定めることで、消化器系を刺激し活性化させることができます。

鍼灸・経絡、中国医学から見るドリシュティ

中国の医学、鍼灸・経絡というものがありますが、実はこれがヨガととても深い関わりがあるのです。

例えば、ナディと呼ばれるエネルギーの「流れ」は、鍼灸でいうと「経絡」と同じもので、プラナと呼ばれる「生命エネルギー」は「気」と同じものだと考えられます。

ヨガでは、脊椎に沿って、主にスシュムナー、イダー、ピンガラーというエネルギー経路があり、チャクラというエネルギーセンターを通して各器官に広がり全身に影響を与えます。

鍼灸でも、気が井穴(せいけつ)と呼ばれる指先にある始点から体液や脊髄の髄液などに混じって各臓器にエネルギーを与えながら全身の経絡を巡り、また井穴に戻ります。

また、手首や足首などに、12の原穴(げんけつ)という、いわゆるツボがあり、五臓六腑に病気があるときは、その原穴のどれかに反応があります。

【五臓】・・・肺臓、心臓、肝臓、脾臓、腎臓

【六腑】・・・胃、大腸、小腸、膀胱、*三焦、胆臓

*三焦とは、気を送る経絡のことで、「焦」は熱やエネルギーのこと

鍼灸の治療では、異常な箇所と密接な関係にある体表部分、一見するとなぜこんなところに?というような部分に鍼の刺激を与える事により、気の巡りをよくしてバランスを整えることができます。

ヨガにおいては、呼吸とともに体内のプラナの流れをよくし、血管、神経系、エネルギー経路などを通じて肉体に供給し、全体のバランスをとりながら問題のある箇所を活性し機能を改善します。

ちなみにアシュタンガヨガのプライマリーシリーズはヨガ・チキッツァ(ヨガセラピー)と呼ばれ、治療を目的としたシリーズです。どんなことをするかというと、例えば「眉間に視点を定めながら、下腹部に向かってエネルギーを流す意識を持って呼吸」をします。

これを中国の鍼灸医学で置き換えると、決まった箇所に視点を置くこと鍼や灸を施す場所とし、呼吸によってエネルギーを与える場所機能改善したい場所とすれば、なるほど、アシュタンガヨガは鍼や灸の代わりに呼吸と視点によって治療をしていると考えられるのではないでしょうか?

また、手や足の指を動かしたり、手首や足首、肘や膝、肩や股関節などの関節を動かし、気の流れをよくすることで、五臓の病気を治せると「*黄帝内経霊枢(こうていだいけいれいすう)」という中国最古の医学書にも書かれています。それら関節の回転運動や屈伸運動をするだけで病気を治せる、というのです。ヨガのアーサナの実践は、関節はもちろん内臓も含め全身をくまなく動かす運動であるという点でも治療の効果に合点がいきますね。

*黄帝内経霊枢・・・紀元前200年頃(前漢)から220年(後漢)の頃にかけて編幕されたと推定される、中国最古の医学書

こうして考えると、ドリシュティは重要なテクニックだというのが益々よくわかります。私も実戦を重ねるにつれ、その効果を実感しています。ある視点をジッと見ていながらも、そこを見ていない、つまり意識は腹部や骨盤底などのバンダに集中しているのです。そうしていると身体は嘘のように軽く、自由になります。そして体内が活性化しているのを感じます。皆さんは、いかがですか?まだ体験していない方は是非是非ドリシュティを実践してみてください。

今回の記事の参考にした文献は、本山博氏の著書「密教ヨーガ」です。

私が生まれた年に発行された書籍なのでかなり古いのですが、本山博氏は結構凄い方です。

かなりマニアックで一般大衆向きではありません。ヨガマニアにお勧めです。笑

身体が硬くてもヨガできますか?

ヨガ未経験者からの質問で最も多いのが「身体が硬いけどヨガできますか?」ということ。

はい、もちろんです^^むしろ、硬い方の方がヨガに向いているんですよ!今回は、その理由についてお伝えしたいと思います。

ヨガの目的と身体の硬さ

ヨガの実践は、心身を自由にコントロールできるようになるための練習です。自分の体を使って、様々な肉体的感覚、心の動きなどを観察します。様々な気づきを得ることになりますが、その気づきが多ければ多いほど変化が起こるので、どちらかというと最初に身体が硬い方が、早い段階でその効果を感じられ、続けることが楽しくなってくると思います。そしてそれを継続して行えば、心と体は柔軟で丈夫に、そして健康的になり、集中力や免疫力がアップします。老若男女、どなたでも実践できます。柔軟性や筋力は、次第に高まっていきますので、問題ありません。

何を意識すればいい?

どんな動きをするとどこが硬いと感じるのかをチェックしましょう。毎日行うことで、昨日はここまでだったけど、今日はここまで届くようになった!など変化がわかるのでモチベーションに繋がります。また、呼吸を止めずに一定のリズムで続けるようにしてみてください。ちなみにアシュタンガヨガなら、行うポーズもその順番も全て決まっていて、毎日同じ動きを繰り返すことになり、変化がとてもわかりやすいのでオススメです。

「柔軟性の無さが恥ずかしい」どうすればいい?

人に見られることに抵抗があるなら、まずは自宅で私のYouTubeチャンネル「 アシュタンガヨガを動画で学ぶ」の中の太陽礼拝の動画をみながら一緒に動いてみてください。(こちらの記事もおすすめ→「毎朝の習慣にしよう!朝の太陽礼拝(Clubhouse朝ヨガ)のご案内」)

その太陽礼拝を毎日続けるだけでも、随分と変化があるはずです。身体的変化ももちろんですが、「恥ずかしい」という気持ちにも変化が起こるはずですよ!

ご質問やお問い合わせはいつでもどうぞ!

ヨーガ・スートラから読み解く「サマーディ(三昧)」とは

アシュタンガヨガの「アシュタンガ」には、八支則(八つの段階)という意味がありますが、古いヨガの経典「ヨーガ・スートラ」でそのことを詳しく説明しています。

今回は、「サマーディ」について、ヨーガ・スートラなどの経典や私個人の経験を通して、自分なりに気づいたことをお伝えしたいと思います。

「ヨガの八支則」

  • ヤマ(禁戒)・・やってはいけないこと
  • ニヤマ(勧戒)・・やった方がいいこと
  • アーサナー(坐法)・・ポーズの実践
  • プラーナーヤーマ(調気法)・・エネルギーのコントロール
  • プラティヤハーラ(制感)・・外側に向いた五感を閉じて意識を内側へ向ける
  • ダーラナー(集中)・・一点に全集中
  • ディヤーナ(静慮)・・心が動揺することなく一定の状態になる
  • サマーディ(三昧)・・全ての心の作用が止滅した状態

ヨガ初級者はまず、最初の三つの段階の実践を最低10年は日々繰り返さなくては、次の段階へは進めません。とても長い道のりですね。だけどこれが何より大切なことなのです。(「daily practice 「なぜ毎日練習」しなければいけないのか」参照)

ヨガ経典「ヨーガ・スートラ」と「サマーディ」

「ヨーガ・スートラ」は、賢者パタンジャリが説いたヨガ思想を弟子たちがまとめてできた経典です。

そのヨーガ・スートラを翻訳・解説したさまざまな文献がありますが、ヨガの実践をしていない人、やっていても経験が浅い人がそれらを読解することは、なかなか難しいと思います。
ですが、知ろうとすることが大切で、意味はわからなくてもとりあえずスートラに触れてみるということはしたほうがいいと思います。今はまだ理解できなくても、実践を続けていれば必ずそれを理解できる段階に辿り着くので、その時に、ああ、これはこういう意味だったんだ、と気づいたり、深く学ぶことができると思います。

「インテグラル・ヨーガ」という文献がとてもわかりやすくて良かったのでオススメです。

さて、ヨーガ・スートラはいきなりサマーディの説明から始まります。

サマーディとは、

(1-2)心の作用を止滅することが、ヨーガである

心の作用を止滅・・・どういう意味?としょっぱなからつまづくでしょうが、ここから先は、その具体的な内容の説明が続きます。

そして後半の方に、サマーディについてこう記されています。

(1-41) 自然の透明な水晶がかたわらに置かれた物の色や形をとるように、作用が完全に衰微したヨーギーの心は、澄明・静然となって、知る者と知られるものと知との区別のない状態に達する。この瞑想の極点が、サマーディ[三昧]である。

「自然の透明な水晶」というのは、まだ何の印象もついていない赤ちゃんの心のようなものだと思ってください。成長するに従って、環境、親の教育や周囲とのコミュニケーションのなかで、どんどんその水晶の様子が変わっていきます。

  • 良い印象=水晶を磨く行為
  • 悪い印象=水晶を汚す行為

みなさんの心の水晶の透明度はどのくらいのものでしょうか?

ヨガの実践は、この水晶を磨く行為です。ですから、やればやるほど、水晶は透明に近づいて行きます。その水晶が透明なら、ありのままの色や形を映せる、つまり、過去の経験による思い込みや印象が影響しない洞察ができる状態、すなわちそれがサマーディということになります。

最終目標「サマーディ」その後は?

ちなみにサマーディにも小さいものから大きいものまで色々な種類(段階)があり、一度経験したらそこから永遠にそれが続くというものではなく、すぐに元の状態に戻り、そのうちまた忘れた頃にサマーディがやってきて、すぐに元に戻る、というのを繰り返すようなものだそうです。
「サマーディ=最終目標」と聞くと、それを一度でも経験したらゴール!みたいなイメージがありますが、そうでは無いんですよね。

さらに、何か天啓を受けた!神の声が聞こえた!というようなもの(それは妄想に過ぎない)でもなく、サマーディが訪れたら、劇的に人が変わったようになる、というようなものでもありません。

アーサナの実践ですでに経験している小さなサマーディ

ここから私の主観ですが、アシュタンガヨガで日々実践しているアーサナは、最初は簡単なことから始めて、そのうち出来ないことができるようになり、その先に進んで、またできないことに出会い、乗り越えていくことを繰り返します。その間に、内観することを覚え、色々なことに気づき、変化が訪れます。それこそまさに小さなサマーディと言えるのでは無いでしょうか。

そして成長に伴い、肉体的・精神的な能力は大きくなり、次第に普通の人には成し得ないようなこともなし得るようになります。それも徐々になので、大きく動揺することもなく、静かな心で受け入れながら。ですから上級者になる頃には、最初の頃に持っていたわかりやすい「エゴ(他人との比較、優越感や劣等感、自信の有無、喜怒哀楽の感情)」がかなり薄れて、八支則の4段階目以降、エネルギーのコントロール、感覚の制御、集中力、瞑想などの実践が「アーサナの実践を通して」いつの間にか自然と理解できるようになっているのです。そうでなければ上級シリーズの実践はできないはずです。

ちなみに、元体操選手や運動能力が一般的でない人は、難しい上級レベルのアーサナができるケースが多いですが、そこにヨガ的な精神が備わっているかどうかが重要です。本人もそれが普通の人より簡単にできてしまうことで逆にエゴが強くなってしまうなど逆効果になってしまうこともあり、ヨガの効果や恩恵が受けづらく、内面の変化について判断がしにくいので、注意が必要です。

エネルギーの上昇は脳や神経系を刺激する

サマーディの状態になっている時、身体はどういう状態になっているのでしょうか。

ある文献では、サマーディの身体の状態を「自己が消え全てが一体となり恍惚感に包まれる」と表現していますが、一般の人にとってはなんだか怪しいスピリチュアルなもの、という印象を与えます。
ヨガの実践によって体内にエネルギーが作られ、それが骨盤底から頭頂に向かって流れだし、その間にある7つのチャクラを1つずつ開いていきます。開く方法は様々で、アーサナのほかに、呼吸法や瞑想、チャンティングなど色々なことをしながら、最後に頭頂のチャクラが開きます。

その際、脳のある部分が刺激を受けて、脳内に様々な物質を分泌させるため、サマーディ=恍惚感、神秘体験、オーガズムと表現されるような状態になります。

しかし、上記のような状態は、単なる生理現象でしかありません。同じような物質(麻薬によるもの)を脳に与えれば、同じような身体の反応が起こることもわかっていますし、五感を通して神経を刺激して操作することもできるようです。

日々の実践による積み重ねがなければサマーディではない

肉体も精神も鍛えられていない人が、麻薬や科学的な操作を使って脳がサマーディのような状態になったら、それを自分には何か特別な能力が目覚めた、覚醒したと勘違いしたり、その心地よさをまた味わいたいと執着するようになります。そして心が完全に囚われてしまうと破滅します。(数十年前の新興宗教によるテロ事件を参照)

それは本当の「サマーディ=心は、澄明・静然となって、知る者と知られるものと知との区別のない状態」とはかけ離れたものだから当然です。

ですが、精神と肉体を長年のヨガの実践(アーサナだけではなく、ヤマ、ニヤマを守り、エネルギーのコントロール、集中の実践も含む)を通して鍛え、様々な経験をし、知識を得、自分でサマーディの状態を作り出すことが出来るほどの修練者なら、サマーディの状態になっても、それが何ということもないと知っているので、自然なこととして受け流し、修行を続けることができるのです。

ヨガの目的は、「どんなことが起きても常に物事を冷静に客観的に観察できるようになるため」なので、たとえ、サマーディに至ったとしても関係なく、修行を続ける、ただそれだけです。
そのように生きる人の人生は、幸せでないわけがない。と、私なんかは思うのですが、みなさんはいかがですか?

その他の参考書

アシュタンガヨガアーサナパーカー販売中


実はこのパーカー、sumsuunのYouTubeチャンネルで使用しているイラストを使用したオリジナルパーカーなんです。
結構前から販売しているのですが、最近自分でも欲しいなぁと思って購入してみました。生地もラインも着心地がなかなか良いですよ。

夫とも兼用できるゆったりMサイズです。


プライマリーシリーズの全ポーズが順番通りに描かれているので、これを練習の時に着て行って、マットのそばに置いておけば、順番がわからなくなってもカンニングできますよ(゚∀゚)
購入した方にsumsuunの宣伝をして欲しいという理由で作ったのではなく、純粋にアシュタンガ大好きなヨギーが、心置きなくいつでもどこでも着られるように、sumsuunのネームは入れていません。
このパーカーの購入は、以下からできます。
https://suzuri.jp/mrklab/1696341/hoodie/s/white
色は18種類から選べ、サイズはS、M、L、XL、XXL、キッズサイズもあります。(在庫のある限り)
他にも色々なオリジナルグッズを取り扱っていますので、是非オンラインショップを覗いてみてください。

sumsuunオンラインショップ(https://suzuri.jp/mrklab))

「体の痛み」はアシュタンガヨガの練習に必要不可欠!

今朝のマイソールクラスの時、ある生徒さんから「パドマーサナ(蓮華座)を組むと右足が痛いので、今日はあまり動かず呼吸だけでもいいですか?」という質問がありました。

これは誰にでも思い当たる出来事だと感じたので、今日はこの「身体の痛み」についてお話ししたいと思います。

痛みがある時の練習方法

生徒さんには、詳しい状態を聞いた上で「もちろん、それでも良いですが、いつもの練習をできる範囲でやってみるというのも良い練習になりますよ」とお答えしました。

練習後、その生徒さんが「やってみたら大丈夫でした〜!」とおっしゃったので、ホッとしました。練習をするかどうかを決めたのは生徒さん本人ですが、練習しても良いと言った手前、痛みがひどくなってしまった場合、やはり責任を感じますからね。講師としてもその辺は慎重にヒアリングをしなければいけません。

判断基準としては、常に痛みを感じている場合(炎症を起こしている時など)ならいつもの練習をお休みして、マットを敷いて座り、呼吸を5〜10分くらいすると良いでしょう。呼吸で身体を整えリラックスできるし、時にはしっかり休むことも大切です。人間は動物同様、じっと動かないでいることで、怪我や病気を治す「自己治癒力」というものがあります。特にヨガを日々実践している方は、その治癒力が高まっていますので、練習を2〜3日休むだけで痛みが消えたり、結構大きい怪我でも普通の人より治りが早かったりします。

常に自分の体と心を観察して、やりたくない・・・と感じたら、休んでくださいね。痛みはあるけどやれそうだな、ちょっとやってみようかな、やりたいな、と感じているなら、無理のない程度で様子を見ながらやってみてください。


「痛み」は種類によっては必要なもの

さて、「痛み」というのは、軽微なものから激しいものまで色々あると思います。真剣に練習をしている人なら、全体の練習の中で一つも痛みを感じずに終えられる方は、ほとんどいないと思いますがいかがでしょうか。

アシュタンガヨガは、レベルに合わせて難易度が高くなるわけですから、体がどんどん強くなっていろんなポーズをできるようになっても、その人がその時にギリギリまで頑張らなければできないポーズがまた新しく出てくるので、常に「これ以上はきつい!痛い!」という状態に自分の身を置き、自分の心と体に向き合うという作業をし続けることになります。そういう意味でも、1時間〜1時間半練習をして全く痛みを感じない人は、アシュタンガヨガをしていないのだなあと思います。

ヨガとは、「どんなポーズでも呼吸を乱さない」練習。つまり、どんな痛みや苦しみに出会っても呼吸が乱れない「強さ」と「柔軟性」と「冷静さ」を保つ練習なのです。この「痛み」というのはそのための重要な役割を担っているのです。

痛みへの対応の仕方

「このポーズはきつい!苦手!痛い!」ということに対して、あなたはどんな反応をしますか?

  1. 「これ嫌!したくない」と反発する(苦手なポーズをついスキップしてしまう)
  2. 「これ嫌!でもやらなきゃ!」と反発しながらもなんとかやろうとする(呼吸が乱れる)
  3. 「あ、これ嫌だなと感じている自分がいる」と思う(客観視する)
  4.  なんとも思わない(感覚の制御、集中ができている)

上記の中でどれが一番苦しいと思いますか?そしてどれが一番楽だと思いますか?

1と2は苦しいし、3か4なら楽そうですが、実際にそのようになるのはなかなか難しそうですよね。難しいことだからちゃんと練習をしなければできるようにはならないのです。だから、この練習には、「痛み」そのものが必要不可欠なのです。もちろん、あまりに大きな痛みは、受け入れたり乗り越えるのが困難なので、その場合は、乗り越えられる範囲まで練習を緩めてみましょう。

そのほかにも練習中には、息苦しさなどの肉体的苦痛や、慢心、恐れ、怠慢なども現れますよね。それもこれも全て「どんな状況にも冷静さを保つ」ために必要な材料となるのです。


ヨガ初心者によくある話

あるポーズにAさんは痛みを感じ、Bさんは痛みなく楽にできているという場合。

Aさんは劣等感や痛みに対する嫌悪感を感じるかもしれません。Bさんは優越感や、もっとできる!という高慢さが現れるかもしれません。

だけどそもそも、ヨガの練習に「比較」も「評価」も必要ありません。できないポーズは、ヨガの目的に一歩近づくためにあります。それを乗り越えようとするそのプロセスで、受け入れ方や向き合い方を学ぶのです。できないからと言って投げ出すような態度を取ったり、怒ったり、落ち込んだりしてしまうのは、そのことがまだ理解できていない、ヨガを単なるスポーツのように捉えているのかもしれません。

人それぞれ、体が違うように、進むペースも得意不得意なことも千差万別、感じる痛みもそれぞれ違います。大切なのは、どんな痛みや苦しみが目の前に現れても、冷静に受け入れて、対処する練習をし続けることなのです。


そしてこの練習の成果は、普段の生活、人生そのものに必ず影響を与えます。嫌なものに出会った時、自分がどう感じるか、何に気づくか、どう対処するか。そうやって、みんながうまいことトラブルを回避しながら快適に過ごせるようになれば平和ですね。

さて、次の練習では、一体どんな感覚的刺激があるのか。それをじっくり味わいながら、練習をしましょう。